斎藤一明治夢物語 妻奉公

□54.伝言
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「全てお見通しの夢主殿でござるか。実は刃衛の奴が死ぬ間際に沖田殿の名前を口にしたんだ」

「総司さんの」

「あぁ。奴が今も生きている沖田殿の存在を知っていたとは驚いた」

あぁ沖田総司の存在を忘れていたな・・・
まぁいい、俺は維新志士が疎ましかった・・・
大金を積んで人斬りを依頼したくせに時代が変わった途端人斬りを取り締まる・・・
俺から人斬りを奪おうとする明治政府が憎かった・・・

お前との死闘は楽しめた・・・
右腕が潰れては生きていても面白くないからな・・・このまま死ぬさ・・・
人斬りは所詮、死ぬまで人斬り・・・
そうだろう、緋村抜刀斎・・・

剣心は突きつけられた言葉に唇を噛みしめた。

「昔、私が小萩屋に連れていかれた夜、私を屯所から連れ出したのが刃衛さんなんです。鵜堂刃衛・・・元新選組隊士」

「なんと・・・奴が飯塚さんと繋がっていたのか。十年の時を経て謎が解けるとは」

「ご存知なかったんですか」

「あぁ、飯塚さんが裏切り、拙者の後継者に斬られて死んだとしか。そうか、刃衛と飯塚さんが・・・」

あの夜、夢主が突然連れて来られた理由が今更ながら分かるとは。
時を経た納得に剣心は何度も頷いた。

「今回の事件、谷さんが襲われる直前に私、刃衛さんに会ったんです」

「刃衛に?!よく無事で」

「今夜は大事な仕事があるから騒ぎになると困ると・・・ちょうど総司さんが通りかかって助かったんです」

そう、斎藤と沖田がやって来たから助かったのだ。
刃衛はあの時まだ仕事として人斬りをこなしていた。自分の意志で人を斬るが、相手を自分で選びはしない。
だが谷の屋敷で伝説の男に出会い、その掟を捨ててしまった。

刃衛にとって元新選組幹部と殺り合えなかったのは心残りか。
しかし元維新志士を標的に捉えていたのならば、彼の中で伝説になっていた人斬り抜刀斎と最期に手合わせできたことが、最大の悦びだったに違いない。

「・・・今度の闘いで、覚悟は決まりましたか」

「覚悟?」

目に見える者を、薫さんを守る為に生きる覚悟は・・・
夢主に問われた剣心の目が微かに泳いだ。

「今、人斬りに戻る覚悟だとか思いませんでしたか」

「違ったでござるか、ははっ、随分鋭いことを訊くもんだと驚いたよ」

「もぅ、そんな覚悟聞くわけ無いじゃありませんか。もう一つの覚悟ですよ、緋村さんなら分かると思うんですけど」

ちら、意地悪に見上げると困った顔で笑っている。

「それは答え難い質問でござるな。簡単には出せない答えだ。夢主殿も知っている通り拙者は」

無意識に剣心の手は左頬の傷に触れていた。
二つ目の傷を遺したヒトが心に浮かんだのか、困った笑顔が切ない色に染まっていく。
そのヒトの為にも、薫の為にも、答えを急ぐ訳にはいかないのだろう。

「ごめんなさい、困らせるようなことを・・・緋村さんが楽しそうに見えたから今の場所が好きなのかなって・・・もう心は決まっているのかと・・・」

「楽しそうに」

「はい」

「そうか、俺が楽しそうに」

「緋村さん?」

「あぁっ、いや・・・楽しそうだなどと言われた記憶が無くて、拙者が楽しそうでござったか。言われると嬉しいでござるな」

「楽しそうで、嬉しそうです。素直な緋村さんが一番ですよ、ふふっ」

流れる自分を引き留めてくれた大切な人を敵の手中に堕としてしまった。それも目の前で。
無事に取り戻すことは出来たが、精神の負荷は計り知れない。
それでも今は楽しそうに此処にいる。
夢主はその事実を剣心に伝えたかった。
 
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