斎藤一明治夢物語 妻奉公

□55.憤りの続き※R18
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夜が明けて沖田が屋敷に戻っていた。
昨夜感じたものは視線だったのか、気になり訊ねるが庭には足跡一つ無かったと聞く。

「斎藤さんでしたら足跡消して通るなんて面倒しませんしね、刃衛はもういませんし、誰がいたのか・・・視線が本当なら少し厄介ですね」

「いえ、ただの気のせいかもしれないので・・・一さんかなと思ったので違うなら・・・」

「ここで斎藤さんがコソコソする必要もありませんしね」

「はぃ・・・そうなんですけど、それが」

「ん?」

視線が本物で、その主が斎藤である可能性を捨てきれない理由を渋々と話し始めた。
沖田も知っている剣心や左之助の存在。

頻繁に顔を合わせ、酒を共にしたこともある。
斎藤自身、初めは誰と出かけようが構わないと言っていたが、度々一緒にいる姿を目撃して気にしているのかもしれない。
事実、左之助と夢主の関わりを好まなくなっており、剣心に至っては見極めの途中だ。

昨夜は左之助に食事を奢り道場まで送ってもらったが、見られていたのかもしれない。
先日もお前の姿を見たと斎藤が家の前で待ち伏せていた。
今回も目撃し先回りしたが、二人の様子に機嫌を損ね顔を見せずに去った可能性を考えてしまう。

「一さんと左之助さん、色々起きる二人だからって黙ってたら複雑な状況になっちゃって・・・左之助さんは私を未亡人だと思ってるみたいで」

「未亡人・・・っはははは!斎藤さんが死んだってことですか、死んでも死なないあの人が、夢主ちゃんが未亡人かぁ、ちょっとそそられる響きですね、あははっ」

「笑い事じゃないんです!一さんは一さんでやきもち妬きだし、もしかしたら・・・」

「まぁ悪い虫が寄り付くのを好む夫はいないでしょうねぇ」

「そんな、悪い虫だなんて左之助さんは!」

「夢主ちゃんは知っていても僕らは知りませんからね、残念ながら。夢主ちゃんを信じていますけど、夫の立場からすれば不安も生まれるんじゃありませんか」

事実、斎藤は夢主の周りの影を気にしていた。
同じ男として勝手に弱音を誰かに言えはしないが、沖田はそれとなく擁護した。

「そうですよね、一さんだって不安に・・・」

「人の子ですから。あと関心無い振りして嫉妬深い」

「それは認めます・・・」

「左之助さんは確かに性根真っ直ぐな好青年です。原田さんに良く似た情に厚い人だ。良く・・・似ていますね」

「はぃ・・・」

「だから心を許し、初対面から予想以上に親しくなれた。悪くはありませんが傍から見ていて危なっかしいかな」

軽い咎めを受けた夢主はコクンと小さく頷いた。
記憶の中の男気溢れる左之助、目の前に現れた左之助は優しく、懐かしい笑顔を見せてくれた。
初めから斎藤や沖田と変わらぬ頼れる存在に感じた。

「少し、気を付けます」

「それがいいですよ、あの人拗ねると面倒臭いですから」

「ふふっ、はい」

皮肉たっぷりの沖田の助言に笑い、夢主の不安は和らいでいった。


所が赤べこへ向かう途中、一度は忘れた不安を一気に思い出す出来事が起きた。
夢主は温かな陽気に気分よく鼻歌を歌っていた。
店で会える妙を思い浮かべ足取りが軽くなる。
そんな浮足立つ夢主の腕が急に引かれた。何が起きたか分からぬまま路地に連れ込まれる。
驚くが、犯人は斎藤だった。

「一さん!吃驚しました、どうしてこんな場所に」
 
「男に飯を奢ったそうだな」

「やっぱりその事・・・」

あの感じたものはやはり斎藤の視線だったのか。

「あの阿呆か。まぁ別に構わんさ、俺は了見の狭い男じゃない。誰かと出かけるのを勧めたのも俺だ」

「あっ」

斎藤は掴んだ腕をそのままに、もう片方の腕も同じように掴んで夢主を木の壁に押し付けた。
町家の間は日陰になり薄暗く、背にあたる古びた板が冷たく感じられる。

「だが多少は気になるな」

「や、安酒ですよ、古びた飲み屋さんで・・・お料理は美味しいんです。・・・お世話になった方なんです」

「ほぅ」

押さえつける力が弱まったが、見下ろす眼力が強まった。
明かりの少ない空間で鋭い目元に濃い影が出来ると怖さすら感じる。それは負の感情が視線に乗っているからだった。
 
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