斎藤一明治夢物語 妻奉公

□55.憤りの続き※R18
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「・・・一さんのやきもち妬き」

「そうだな、やきもちか。柄にもない嫉妬なんざ」

「ぁあっ」

斎藤は夢主の顎に手を掛け強引に首筋を伸ばし、誰からも見える前首に大きな吸い痕をつけた。
何も問わずとも自らやきもちと言うからには、何か思い当たる節があるに他ならない。
夢主の言葉で思い浮かんだ男が斎藤を苛立たせる。

「気をつけろよ、男に付け込まれるな」

「大丈夫です、あの人は」

斎藤に紅い証を与えられたのは分かったが、夢主は責めずにただ目の前の顔を押し離した。

「大した信頼だ」

「んっ」

俺の知らぬ若造をよくも深く信頼しているもんだ。
斎藤は夢主の衿に手を掛けた。

「やっ、一さんこんな所でっ・・・」

湿った路地裏の空気がひやりと冷たい。
衿の合わせが広がり露わになった肌の上、吸い痕が増やされてゆく。
丁寧に一つずつ必要以上に鳴らされる唾液と吸引の音がぞくぞくと夢主の体の中を震わせた。

小さな抵抗を見せ、肩章が付いた大きな肩を押すが、びくともしない。
抵抗できず付けられる痕はチクチク熱いが、残された唾液が外気で冷やされすぐに熱が奪われた。
首から肩、胸元へ広がる冷たい感覚。
新たに吸われている肌だけが斎藤の唇の熱を味わっていた。

「一さんだって、誰かに見られたら・・・警官姿で・・・上からお咎めがっ」

「構うか」

「ゃっ」

耳の後ろにも小さな痕を残した斎藤。視界に広がる肌の上に咲きこぼれる吸い痕を確かめ、もっと着物を乱したい衝動に駆られる。
だが仕事を控えた妻をいたぶるのは気が引ける。
火照った体で洗い場や給仕を勤めさせるなど許しがたい。
勘のいい男が気付きでもしたら・・・
斎藤は己の欲情を断ち切るべく夢主の衿を元に戻した。

印付けが終わりほっとするが、心のどこかで淡い期待を抱いていた夢主は無意識に乞う瞳で見つめていた。

「仕事だろ、俺もだ」

斎藤は丁寧に着物の乱れを整えてやり、さぁ行くぞと背中を押した。
我に返ると自らが付けた鬱血の数々に後悔の念が浮かぶ。衣紋を上げ衿の開きを狭くしようが見えてしまう。
今更後悔しても遅い。
斎藤は心密かに謝り夢主を見送った。
 

悋気に支配された斎藤が起こした行動は他愛のないものだ。
痕はこの女にはそういう男がいると訴えるだけの役割。
しかしこの嫉妬心が生んだ痕が夢主を困った状況に追い込んだ。

斎藤と別れて間もなく、不機嫌な左之助に出会ってしまったのだ。
普段は笑顔で声を掛けてくれる左之助が、これ以上ないほど睨みつけてくる。
目が合ったのが夢主ではなく通りすがりの男なら罵声を浴びたかもしれない。

「赤べこ・・・ですか」

「違ぇよ」

左之助は瞬きもせずにじっと見据えている。
夢主はつい先ほどまでの行為が見透かされるようで堪らず目を逸らした。
左之助の目も動いたと思ったら、赤い鉢巻きの下で眉間に皺が寄った。

「神谷道場に顔見るのも嫌な女がいるから出てきただけだよ」

「嫌な・・・人」

おずおずと視線を上げるが目は合わない。
ただ怪訝な顔からは怒りに加え複雑な心境が読み取れた。

嫌な女、恵に違いない。
賭場に出向き、友人が阿片で命を落としたのを知ったのだ。
武田邸を逃げ出した恵に遭遇し、所持していた阿片を見つけてしまう。
左之助や恵には最悪の流れだが、記憶と寸分違わぬ現実が起きている。悲しい事件を乗り越えて二人は仲間として認め合える存在に変わるはず。

「お前も」

「えっ」

「随分厭らしい痕が残ってんな」

行き場のない怒りを抱えた左之助からは鬼気迫るものが漂っている。
夢主の白肌にある痕を見つけ、抱えている感情に蔑みが加わった。

遠慮なく刺さる厳しい視線に気付き夢主は首に手を当てるが、広範囲に転々と付いた痕は細い指で隠し切れず、左之助の視界には厭らしい紅が入っていた。

「違うんです、あの」

後ろめたいのは吸い痕だけではない。
情事に詳しい者ならば、今の今まで着物を乱していたことも悟るだろう。路地裏とは言え白昼、外で、淫らな行動だ。
その相手が斎藤であることも左之助の前では後ろめたかった。
 
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