斎藤一明治夢物語 妻奉公

□56.痛みを抱えて
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この日、左之助は仲間の死と阿片への怒りから、恵を避けて神谷道場を離れていた。
阿片を作った恵を許せないでいるが、阿片を作らせ売りさばいた武田観柳も許せない。
手掛かりを掴んでいないか度々確認の為に道場を訪れるが、ずっといる気にはなれなかった。

何も考えず苛立ちのまま歩くと、慣れた道を進んでいることに気付く。
赤べこの暖簾が見え、昨日の怒りも思い出してしまった。

「支えてやりてぇと思ったのによ、ちきしょう・・・」

中を覗く気にもなれず通り過ぎようとした時、扉が開いて暖簾が捲られた。

「あらぁ左之助さん、お早うございます」

「妙か・・・」

赤べこの着物が見えて夢主かと構えたが、出てきたのは店主の娘、妙だった。

「もしかしてツケ払いに来てくれたん」

「違う、悪ぃな」

妙はそう思いましたと諦め顔を見せた。
それにしてもいつもの威勢の良さが無い。食い逃げをしても悪びれない男が、今日に限って罪悪感があるのだろうか。
だが小さな舌打ちが聞こえ、それも違うと知らされた。

「なんや機嫌悪いですねぇ、もしかして夢主ちゃんが休みなのが残念なのかしら」

「あいつ休んでんのか」

「えぇ体が痛いみたいよ、大丈夫かしらねぇ。伝えてくれた井上はんの話では顔色が悪くて風邪なのかもしれないって」

「風邪・・・あいつが」

「気になるならお見舞いに行ってあげたら、行くんやったら夢主ちゃんのお昼ご飯用意するけど」

「でもよ、あいつ旦那がいるんだろ。男が見舞いに行ったら迷惑だろう」

「あぁせやけど忙しくていつも家にいないみたいよ」

「詳しいな」

「まぁずっと一緒に働いてるし。でもあんまり人には話さないよう口止めされてるから、左之助さんが知ってたのが意外やわ」

「そいつはたまたま・・・」

「人に恨まれがちだから話したくないって、夢主ちゃんも大変よなぁ」

「恨まれる?」

「あら、そこまでは知らへんの、だったら聞かなかったことにしてぇな、ごめんやわ左之助さん」

「・・・飯、俺の分も作ってくれるんだろうな」

「ちゃっかりしてはるなぁ、まぁえぇわ、少し待っててください。どうぞお店の中へ」

左之助は妙の気になる話をきっかけに、夢主を訪ねる気持ちを固めた。
昼飯にもありつけるのだから一石二鳥だ。
どうせ神谷道場へ戻っても腹立たしいだけ。だったらもう一つの怒りを解決しに行くさ。
妙が大急ぎで用意した弁当箱を二つ抱え、左之助は井上道場を目指した。
 
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