斎藤一明治夢物語 妻奉公

□56.痛みを抱えて
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若い男の急ぎ足、あっという間に道場に辿り着いたが、左之助は入るのを躊躇い門を見上げていた。
舌打ちと溜め息が同時に出る気分だ。
だが腹の虫が騒ぎ出す。早く弁当を口にしたいと覚悟を決めた。

「おい、俺だ!・・・相楽左之助だ!夢主いるのか!・・・・・・痛くて動けねぇのか、入るぜ」

叫んでも返事が無い。
えぇい焦れったいと不躾覚悟で足を踏み入れた。

「おーい、どこだ夢主〜」

心配から不機嫌な声はいつもの張りのある声に戻っていた。
動けない程の痛みに襲われ、風邪は寝込むほど酷いのだろうか。

「夢主!」

もう一度叫ぶと物音が返ってきた。
人がやって来る音ではない。不審に思い音の元を辿ると、夢主が畳の上を這っていた。

「何してんだ夢主、大丈夫か」

「左之助さん!あの・・・ちょっと体が痛くて急に動けなくて、大きな声を出しても響くんです。すぐに行けなくてごめんなさい」

「いや・・・さすがに怒らねぇよ」

今にも泣き出しそうな顔でなんとか体勢を整え座る夢主。
冗談みたいな動きだが、本当に体が痛いと伝えるには十分だ。

もしかしたら旦那の話も理由があっての事なのか・・・
左之助は黙って部屋に上がり込んだ。

「妙からだ。昼飯だぜ、俺の分もあるからよ」

左之助はここに来た言い訳をする為に弁当を差し出した。
自分の分を主張するあたりちゃっかりしている。

「ありがとうございます。・・・赤べこに行かれたんですか」

あんなに怒った後だ。顔も見たくないほど怒っただろう。
それなのに赤べこへ顔を出してくれたのか。

「まぁ、偶然だけどな。それよりお前、体大丈夫か。一晩で何があったんだよ」

「ぁあああっあのそれはなんて言いますか寝相が、寝相が悪すぎてですね」

あからさまな態度に左之助の顔が歪む。
真っ赤に頬を染めて目を泳がせて、激しい情事を告白しているようなものだ。

「あぁもういいよ。何だか馬鹿らしくなってきたな」

「ごめんなさい、お弁当ありがとうございます。・・・左之助さん・・・」

怒って・・・ないんですか・・・
訊ねたいがその一言は怒りを呼び起こしてしまう。
夢主が訊ねるのやめると無言の時間が流れ、気まずさが増した。
左之助も何かを考えこむように顔を伏せている。

「あの・・・」

「・・・何だか知らねぇが妙が意味深なこと言ってたぜ」

「え・・・」

「人に恨まれる、か。確かに人に指さされて有らぬことを言われるのはムカつくよな」

「左之助さん・・・」

「だがよ、俺をそんな奴らと一緒にするんじゃねぇよ!何でも聞いてやる!俺にとってお前はなぁ!」

赤報隊が突然逆賊にされた時、冷たい言葉を散々背に受けた。
その悔しさがあるから、人に多くを語りたくない気持ちも分かる。
しかし信頼ある相手なら話は別だ。左之助自身、凄い男だと認めた剣心には語る気が湧いた。
自分と夢主の間にはまだそこまでの絆が無いということか。
男同士なら拳をぶつければ良かった。

・・・女相手に、どうすりゃあ信頼が築けるんだ・・・

左之助はぼんやりした考えに声を重ねた。

「言えねぇのか、その事情ってやつをよ。言ってみろよ、妙に話せて俺に言えない話ってなんだよ」

「左之助さん・・・」

相手を想い、力になろうとしている。
気持ちが伝わる程に夢主の胸は苦しくなった。
 
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