斎藤一明治夢物語 妻奉公

□57.宿すもの、宿る者
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「知っていたんだな、壬生狼の女・・・藤田夢主」

殺気が増して今にも飛び降りて来るのではと感じた時、沖田がようやく気を取り戻した。

「こんな朝早く、他人の家の屋根に随分と不躾ですね」

「沖田総司。今の名は井上総司、か」

刀を握る沖田の手に力が籠る。
蒼紫は両手が塞がっているうえ、武器を携えているようには見えない。外套に隠しているかもしれないが、抜刀できる状態ではない。
しかし夢主の手前、戦闘行為は極力避けたい。
蒼紫が立ち去ってくれるのが一番望ましい。

「知っていたからと言って何なんです、四人の死を防げなかったのは貴方の力不足でしょう。夢主ちゃんの記憶は関係ありませんよ」

「総司さ・・・」

蒼紫様を逆撫でしないで、止めたいが立ち上がれず口も上手く回らない。
沖田は向けられる殺気に対して剣気を叩き返して牽制していた。

「何だと」

「その首、その結果は貴方達自身の力の結果でしかない」

「貴様・・・」

「闘いに身を置く者ならば当然心得ているはずです。例えどんな過程があろうとも結果は自身がもたらすもの」

「・・・つまりは俺の力不足だと言いたいのか。確かに御庭番衆御頭に相応しくない闘いだった。武田観柳の暴挙も防げず、お前らに助けられて俺だけ生き永らえるとは・・・」

蒼紫の影が僅かに動いた。
共に生き共に闘い、こんな御頭に尽くしてくれたお前達・・・
手にした四人の同志を見つめていた。

「ここで戦えば大切な四人の首に傷がつきますよ、いいんですか。貴方はその状態では抜刀すら出来ない。ここへ何しに来たんです、夢主ちゃんに救いを求めたんじゃありませんか」

「救いだと」

「貴方は知っている、夢主ちゃんを幕末から。だから今の悲しみを、これからの不安を解消できる未来を求めて来たのではありませんか!」

「未来だと、そんなもの。俺達に必要なのは・・・そう、幕末最強と言う華だけ」

最強の華、その声は夢主達には届かなかった。
しかし殺気が消え、夢主の金縛りが解けた。

「俺は最強の華を墓前に添える為、強くならなければならない」

「蒼紫様・・・」

「次会う時、今の俺はいないと思え。もう会わないのが一番だが・・・」

・・・どういう意味・・・

次に会えば命の保証はないということか。
訊ねる勇気を持つ前に、蒼紫は去ってしまった。
 
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