斎藤一明治夢物語 妻奉公

□58.微熱な心地
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興奮冷めやらぬまま数日が経ち、ようやく落ち着きを取り戻してきた頃、妙が屋敷を訪れた。
店主の娘に足を運ばせるとは、手伝いの身としては申し訳ない。夢主は頭を下げた。

「私も赤べこに行かなきゃと思ってたんです。妙さんに来ていただくなんて申し訳ないです」

「いいのよぉ、こちらこそ朝早くにごめんねぇ。夢主ちゃんが診療所に行ったって聞いたから心配になっちゃって。安静が必要なんでしょう」

どこで聞きつけたのか診療所へ行った話を知った妙は心底心配そうに夢主の手を取った。

「そんなっ、大袈裟なものじゃありません、ちょっと調子が悪かっただけで・・・あの、どなたに聞いたんですか」

「弥彦君に聞いたんよ、入っていくのを見かけたって。昨日ちょうど恵さんが先生と赤べこに顔出してくれたから聞いてみたんよ」

「そうなんですか・・・」

どこまで話を聞いたのだろう。
恵が患者の状態をぺらぺら話すとは思えないが、秘密にしたい話が大きいだけに夢主が顔を強張らせた。

「酷く体が疲れてるから仕事を減らすよう言われたのよ。ごめんねぇ、夢主ちゃん働き者やからつい頼りにしてしまって。体壊すまで働かせるなんて雇い主失格やわ」

「恵さんがそんな事を・・・」

恵は懐妊の話をしっかり秘して夢主の仕事が楽になるよう助言をしていた。

・・・ありがとう、恵さん・・・

「妙さん、大丈夫ですよ。少し具合が悪かっただけで病気じゃないんです。すっかり元気ですから」

「ほんまに大丈夫なん、夢主ちゃん華奢やし余計に心配やわ」

「お皿洗うとか軽い仕事なら全く問題ありませんので、お手伝いが必要な時は言ってください」

「せやなぁ・・・たまにでも来てくれたら嬉しいけど・・・あ、お店を心配してくれてるんなら大丈夫よ!今な、弥彦君が働いてるんよ」

「弥彦君が」

逆刃刀が欲しい。
剣心の力を何度も目にして抱いた子供らしい憧れ。少しでも憧れに近付こうと働き始めたのだ。
真面目な彼なら夢主が抜ける穴を十分補ってくれるだろう。
もう一人、赤べこにやってくる少女も思い浮かぶ。

「内緒で雇ってくれって。あの子まだ子供だけど剣術してるだけあってか体力はあるし、何より不満一つ言わずに働いてくれるんで大助かりよ」

「弥彦君、いつでも一生懸命ですもんね」

「本当に。夢主ちゃんの復帰ももちろん大歓迎よ!でも体を一番に考えてしっかり休んでから戻って来てな。お客さんとしても大歓迎やし、その時は従業員価格やから」

「ふふっ、ありがとうございます。妙さんのお気持ち嬉しいです。今度、弥彦君の姿を見に行きますね」

「それはえぇなぁ、きっと恥ずかしがるで。薫ちゃん達には内緒にしろって言われてるの。でも夢主ちゃんは従業員だもの仕方ないわよね」

悪戯にふふふと笑う妙、弥彦が可愛く怒る姿を想像していた。
 
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