斎藤一明治夢物語 妻奉公

□68.たずさえる手
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旭に連れられて東京を出た夢主は、道中丁重な扱いを受けた。

以前宗次郎が語った通り、船を使い馬車を使い、心以外に負担を感じることはなかった。
同行する娘は口を閉ざすことなく、まるで普通の旅人のように振る舞っている。

「貴女に断られていたら面倒な任務になったけど、一緒に来てくれたおかげでこんな楽な任務はないってくらいになったもの」

船で時間を持て余し、どうしてそんなに友好的なのか訊ねた時、少女は笑って答えた。
志々雄一派とは思えぬ親しさに夢主の警戒心が解れていく。

「私は旭、貴女の案内役。悪いようにはしないわよ、大人しくしてちょうだいね」

「はい。・・・どうして旭さんは志々雄真実の・・・志々雄さんの手下なんですか、女の子がいるなんて」

「ん〜なんて言うか・・・色々あってね。詳しくは話せないでしょ」

「そっ、そうですよね・・・ごめんなさい、もう聞かないから」

旭は攻撃的な顔は全く見せず、姉妹以上の歳の差があるにも関わらず、歳を感じさせぬ落ち着きがある。

やがて山中のアジトに辿り着き連なる六つの鳥居をくぐると、入り口から雑兵が廊下に列を成しており、アジトを知るはずの旭ですら体を大きく弾ませて驚いた。
男達は顔をしかめている。
待ち望む盟主の帰還ではなく、訳の分からぬ女が現れた。
旭の顔と任務は知られているのか何かを問い質されることはなく、体躯の良い男達に無言で睨まれる中、夢主は身が縮む思いで足を速めた。

列を抜けた先の部屋へ通され、いたのは佐渡嶋方治。
志々雄の留守を預かる方治に対面した途端、肩の力が抜けるのが不思議だ。
自分や斎藤にとっては紛れもない敵なのだが、見知った顔に緊張が弛んでしまう。

「旭、ご苦労だったな」

「こんな任務ならいくらでも」

「藤田夢主、お前は志々雄様の客人だ。反抗的な態度に出ない限り身の安全は保障しよう」

「はい・・・」

「志々雄様の到着は間もなくの予定。旭、その前に部屋へ案内してやれ。その後は通常任務に戻れ」

「はぁい、分かりました。さ、夢主さん、こっちよ」

何を考えているか分からない方治の不機嫌な顏を横目に夢主は部屋を去った。

方治は想像通りの男だった。
明治政府で司法省役人を務めた元来真面目な男。優秀過ぎるが故に政府に失望し志々雄の元へ辿り着いた。
信じたものを貫く意思は誰より強い、そんな印象を抱いた。
言葉通り、逆らわなければ一先ずの身の安全は保障されそうだ。

「そうそう、このアジトは一旦入れば簡単には出られない迷宮になってるから、不用意に出歩かないことね」

「ありがとう、わかりました」

暫く不自由を強いられる。今は時を待つしかない。
東京に残してきた皆はどうしているだろうか。
危機察知に長けている沖田が全てを把握しているかもしれない。恵や妙が過度に心配していなければ良いが。

「あの・・・電信を打つとか、駄目ですよね」

「さすがに無理よ、貴女は客人だけど囚われの身って自覚してちょうだいね」

「はいっ、わかってます、無茶はしません・・・大丈夫です」

地下迷宮の怖さも、アジト内の男達の志々雄への忠誠心も知っている。
夢主は脱出の機会は必ず訪れると信じ、今は動かないと肝に銘じた。
 
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