斎藤一明治夢物語 妻奉公

人誅編1・心の錨
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翌晩、昨日と似た巨大な爆発事件が二件発生した。
夜が明けて騒動の報告を受けた斎藤は、浅い溜め息を一つ吐いた。

「今度は前川道場と署長宅か」

昨晩の赤べこも加えた三地点に共通するものは何だ。
暫くの沈黙の後、斎藤は立ち上がった。

大きな武器を輸送するなら手段は船。蔵や倉庫が立ち並ぶ各河口を調べたいが、ぞろぞろと動いては勘付かれて証拠を逃す。
探索を任せた張が何か掴んで戻れば良いが。

「ちょっと出てくる」

見知った警官に声を掛け、斎藤は署を出て行った。

「飯でも食うか」

先の見えない任務を抱え、夢主には当分己の食事の支度はいらないと告げてある。
蕎麦を食った後で家に寄るか。
斎藤はそんなことを考えながら、川のほとりにある馴染みの屋台に腰を下ろした。

任務中は目の前の問題や捕えるべき相手に集中して夢主や家のことを考えることは無いが、食事時ともなると気が緩む。
今日も頼りの沖田は赤べこの連中と一緒にいて、夢主は一人かもしれんなどと考えてしまう。

先日の襲撃を受けて赤べこの店主らが自警団を組織して、沖田も加わった。
警察から助力を頼まれたうえ、知り合いでもある妙の頼みを断れなかったらしい。
肝心な時に夢主の傍にいないが責められない。

「親父、お代を置いておくぞ」

蕎麦を食べ終えて、斎藤はお代を器の傍に置いた。
別の客に席を譲り屋台を離れた時、橋の上から来る視線に振り向いた。

「一さん、いそうな気がしました」

「夢主、出歩いていいのか」

「ふふっ、家に籠っているより適度に動いた方が良いそうですから」

夫を探しに出たわけではないが、そろそろやって来るのではと蕎麦屋に立ち寄って、見事に姿を見つけた。
嬉しそうに微笑む夢主に近付き、斎藤は無意識に手を回して体を支えた。

「一人で出歩いて差し支えないか」

「平気です。体の調子も良いですし、お腹が大きくなって、大家のお婆さんが気に掛けて見に来てくださるんですよ、ちゃんと見守ってくださる方がいるから大丈夫です」

「そいつは安心だな、頼もしい限りだ」

井上屋敷の大家。仕事の能しかない俺が傍にいるより、余程頼りになる。
大家なら近所に顔も利くだろう。
自らを卑下する斎藤だが、夢主はその思いをひっくり返す微笑みを見せた。

「一さんだって頼もしいです。忙しいのに毎日顔を見せてくれて、心強いですし寂しくありません」

「一瞬だがな」

根を詰めぬよう、息抜きも兼ねて毎日夢主の顔を見に戻っている。
斎藤はハハッと短く笑った。

砲撃事件の後も毎日二人は顔を合わせた。
忙しい合間を縫って斎藤が顔を見せ、何気ない話をして、時に任務の零れ話もして、互いに気慰めに笑った。

そんな毎日が続いたが、ある日、斎藤が姿を見せなかった。
夜になっても戻らず、どうしたのだろうと案じていると、夢主の耳に花火の音が響いた。
今日は夏祭りの夜だ。

「花火……今夜って……」

日付が変わったと同時に打ち上がった真夜中の花火。
斎藤が戻らなかったのは、情報を得て神谷道場へ向かったからに他ならない。
今宵、人誅により皆が悲しみに襲われる。

暫く耳を澄ましていた夢主だが、何かに引かれて家を出た。
夏祭りの夜に突然上がった花火に驚き、家を出て物見気分で歩く人が多く、夜道に怖さはない。
ただ、向かう先で待つ光景を恐れていた。

気付けば夜空を照らしていた花火は終わっている。
目指す場所に向かい急ぎ速まる足、激しくなる心臓の鼓動、どちらも止める衝撃が訪れた。

坦々とした道の先から聞こえる、引きずるような足音。繰り返される重々しい響き。
やがて見えてきたのは生気を失って歩く剣心。
歩く屍のように止まった時の中を歩く悲愴な姿に、夢主の呼吸が止まる。
手が届く距離までやって来ても、剣心は何の反応も見せず、通り過ぎようとした。

「緋、……緋村さん……」

「……」

俯いたまま立ち止まった剣心は、全ての力を失ったがごとく瞬きも見せず、表情一つ変わらない。
人が消えた暗い道、虚ろな声が微かに聞こえた。

「拙者は……お主のように……強くは……なれない……」

「緋村さんっ……」

弱々しい声を発すると、剣心は再び重たい足を運び始めた。

自分のように強く……向けられた言葉に返す言葉が無く、夢主は闇に消えていく姿を見つめた。

「一さんは……生きているんです。薫さんも……」

──ごめんなさい……

虚空に呟いて、夢主は来た道を引き返した。
剣心を引き留められない。
かと言って、今まで関わりを拒んだ自分が神谷道場に顔を出して、今更どうすればいい。
皆か苦しんでいる。大切な者の死に直面した。
堪えきれず家を飛び出したはいいが、行くべき場所が分からなくなってしまった。

とぼとぼと家に戻り、布団に身を沈めた夢主。
重い体を起こしてくれたのは、斎藤の声だった。
 
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