斎藤一明治夢物語 妻奉公

人誅編3・心づき
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「一さんは、他人に対しては真っ直ぐ言葉を向けるのに、一さん自身に関することはあまり……」

斎藤は抱きついてきた夢主の顔を確かめようと首を動かした。
何が言いたいと見つめると、夢主が顔を上げた。

「たまには……一緒に分かち合ってもいいんですよ」

照れ臭そうに言う夢主に、斎藤の薄い頬がフッと緩んだ。
一人で解決しようとする辺りは似た者夫婦かもしれない。
斎藤は夢主が思い悩む度に見守った、己が抱いた感情を思い出した。今は立場が逆転だ。

「そうだな、己の本音をいちいち人に言う必要は無いがお前ならば、たまにはいいかもしれん」

「そうですよ、その為の私です」

「成る程、それが夫婦者、か」

夫の力になりたいと願う夢主の愛らしさに斎藤がククッと喉を鳴らすと、斎藤の胸に夢主が顔を擦り付けた。
それから、もう眠くありませんと目を大きく開き、話を聞く姿勢を見せる。
斎藤はそれでも眠そうだなと、密かに笑んだ。

「今回の騒動だが、志々雄の時とは大きく異なる」

「はぃ……」

「面倒が多いうえにその先にある問題が厄介だ。武器の密輸と改造、雪代縁の組織が日本に置いた拠点を掴んで壊滅せねばならん。明日からまた泊まり込むつもりだ。だから今夜はお前を寝かしつけに帰ってきたのさ。他に理由は無い」

「私、子供じゃありませんよ」

「いいから布団に入って目を瞑れ、夜が明けるぞ」

「まだまだ暗いです」

「言うことを聞け」

「……一さん、考え込んでいたのはそれだけじゃ……」

「何だ」

「いえ……」

秘めておきたい思いならば、無理に聞き出してはならない。
夢主は静かに口を閉じた。

……一さん、剣心のこと考えてたんだ……

眠そうな声で短く返した夢主は布団に身を入れ直し、目を閉じた。

「あの馬鹿ももっと早く己と向き合えば良かったものを」

「ぇ……」

「いや、何でもない。俺は果報者だと言ったんだ」

あの馬鹿とは剣心のこと、夢主は待ち構えたが、斎藤の話は続かなかった。
お前にならば話しても構わんが、お前の心までくだらん考えに侵される必要はない。
斎藤は口を閉ざして再び一人、思考の世界に戻っていった。

あの馬鹿も、抜刀斎も神谷の娘との、互いの気持ちを知っていただろうにグズグズしおってからに、そんな態度が今度の騒動を呼んだ。
剣に関しても曖昧な男だ、不殺などとくだらん拘りで何度も振出しに戻る。
生き残った方が勝ちとは言え、望む決着は刀での勝負。
それも些か、怪しくなってきたな。

斎藤の瞳に現れた不機嫌さも、暗い部屋では夢主は見えない。
それでも何かを感じ取った夢主は斎藤に手を伸ばした。
大きな手を見つけてそっと握る。
いい気分になれない考えに陥っていた斎藤は我に返り、手を握り返した。

……お前がいてくれるだけで俺は十分だ……

斎藤の気が和らいだのを感じ、夢主は微笑んで目を閉じた。
心地よさそうな顔を見せる夢主に斎藤が触れると、閉じた目元がにこりと緩む。
穏やかな顔を眺める斎藤だが、考えを戻して再び苛立ってしまった。

守るべき者が出来た男が中途半端な剣を振るえば、己は愚か、守るべき者すら傷つけ兼ねんと言うのに。
俺は容赦せん。
例え対峙する相手の後ろに大切な者が控えていようが、全力で斬りに行く。
殺す気で来なければ、確実に俺は斬る。
向かって来る者は斬り捨てる。それが分からん男では無かろう。
抜刀斎が戻ろうが不殺のままでは勝負は見えている。

「阿呆が」

斎藤は暗い空間で瞳を鈍く光らせ、独り言ちた。
夢主は既に眠りの中にいて、健やかな寝息を繰り返している。
己の大切な存在を確かめるように、斎藤は暫く夢主に静かに触れていた。
 
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