斎藤一明治夢物語 妻奉公

人誅編5・命
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神谷道場の皆に挨拶に訪れたい夢主だが、ここ数日腹に張りを感じて出歩けずにいた。
斎藤を仕事に送り出し、沖田に恵を呼んでもらうと、お産が近付いている証だと言われた。

初めての経験とこの時代での出産に怖さを感じてしまう。
何度もお産に立ち会った恵の話を聞き、夢主は気持ちを落ち着けた。
寝起きを沖田の屋敷に移し、沖田と栄次が傍にいてくれる。
その時が来れば恵をすぐに呼べる。お産に挑むにはこれ以上ない環境だった。


出歩くことをやめて数日。
夢主の不安を伝え聞いた皆が井上道場を訪れた。
左之助、弥彦、蒼紫、操。妙と燕は赤べこの営業で来られず、剣心と薫はまだ京都から戻っていない。

左之助の道案内で訪れた一同。
出迎えた井上の案内で座敷に向かうが、興味があると道場を覗きに行ってしまった。
古いが手入れが行き届いた趣ある空間に皆は足を止めた。

「すっごい……立派じゃない!見直したわよ井上総司!初めて見た時はひょろっこいと思ったけど」

「あはは、頼りなくて申し訳ない」

「蒼紫様は興味ないなんて、見て行けばいいのに」

「四乃森さんなりにお気遣いくださったのですよ」

蒼紫は「俺は興味が無い」と先に座敷へ上がっている。
操の正直な感想に穏やかに返した沖田、蒼紫はここを訪れており既に知っているとは伝えなかった。
明確に姿を見たのは一度。他にも何度か訪れたに違いない。その事実も理由もこの娘には伝えてはならない、そんな気がした。

「嬢ちゃんがいない時で良かったよな、こんな立派な道場見たら師範代の立場がないぜ」

左之助は足元を確かめるように床に触れた。
使い込まれた床には傷もあるが、丁寧に磨かれて輝き、刻まれた歴史の重みを感じる。
猛者達が腕を磨いてきた場。考えるだけで左之助の血が騒いだ。
同時に一歩も動けず沖田に負けた日を思い出した。

「いいねぇ、井上さんに改めて手合わせ願いたいところだが、今はそんな時じゃねぇからな」

「ははっ、そうですね。夢主ちゃんがお待ちですし、怪我をしては大変ですから」

「あぁ、夢主が大事な時にお前が走れねぇと困るしな」

怪我をするのは自分ではない、互いに相手を見つめてニヤリと笑った。
操は二人の遣り取りに興味がなく、場内を見回して、あれっと声を上げた。

「そう言えばあの子は、栄次君!一緒にいるんじゃないの」

「栄次君はこの時間、手習いに出ています。僕は剣術は教えてあげられますけど、学びについては自信がありませんので」

「偉いわね、栄次君」

新月村で栄次と共に行動した操は会えずに残念がり、京都に戻る前には顔を見に来ると再来を誓った。


一人先に座敷へ上がった蒼紫は、夢主と二人で皆が来るのを待っていた。
操と向き合うと決めた今、夢主へ向けられた瞳は落ち着いている。

「蒼紫様はいいのですか、みなさんと道場を見なくて」

「俺は何度も見ている」

「何度も、ですか」

「……何度かは覚えていない」

蒼紫は失言に間を置くが、昔の話だと話題を変えた。
知識豊富な御庭番衆御頭もお産に立ち会ったことはなく、周りに子を産んだ者もいない。
今にもお産が始まりそうな張った腹を見て、蒼紫は夢主を案じた。

「具合は良いのか。お産が近付いているそうだな」

「はい、正直不安です。初めてのことだらけで……でも恵さんはすぐ来てくださるし、総司さんに栄次君、大家のお婆さんも毎日顔を出してくださいます」

「態勢は万全だな。斎藤は、相変わらず多忙か」

「はぃ……でも毎晩戻ってくれます。それだけで十分です」

「いい夫婦だな」

「あの、その、そう……ですね、お陰様で」

恥ずかしさで口籠り、夢主はもじもじと蒼紫を見上げた。
目元も口元も引き締められた蒼紫の表情に感情は見えないが、夢主の嬉しそうな恥じらいを見て、微かに頬の筋肉が動いた。
夢主が気付かぬほど僅かに、蒼紫は笑っていた。
 
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