斎藤一明治夢物語 妻奉公

人誅編 完・繋ぐ日々、廻る月
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生を受けたばかりの勉はぼんやりとして、どこを見ているかも分からない。
それでも瞳は愛くるしく輝いて、見る者に優しい気持ちを芽生えさせた。

お産を終えた夢主が落ち着くと、ずっと見守っていた皆が次々と祝いの言葉を贈った。
手短に伝えられるそれぞれの言葉は祝福の気持ちに満ちて、疲れ果てた夢主に力を注いだ。

うるさくしては母子の負担になると、祝いを終えた皆は屋敷を後にした。
夢主を見守るのは沖田と栄次、それから今夜は泊まりこむと恵が腰を落ち着けている。
斎藤の姿はまだなかった。

すっかり日が暮れて、夢主は浅い眠りについている。
勉も今はぐっすりと眠っていた。

「あの不良警官っ、旦那さんはまだ戻らないの」

「栄次君がまた警視庁まで走ってくれたんですけどね、一度も帰っていないんでしょうか」

「全く何考えてんのかしら、行き先くらい残しなさいって言うのよ」

恵は我が事のように不満を漏らした。
夢主が夫の不在を気にしないと笑っていたのが恵の不満を増幅させた。これからも我慢を重ねるのではと、やきもきしている。

「あははっ。夢主ちゃんは斎藤さんの声が聞こえたと言っていましたよ」

「空耳かしら、よっぽど旦那さんを想っていたんでしょう。一途すぎて心配になっちゃうわよ」

夢主はお産の時、斎藤の声が聞こえたと語っていた。
言い切って笑った夢主。本当に聞こえたのだろう。沖田も恵も夢主の確信を感じていた。

手習いから帰った栄次がもう一度警視庁に走ったが、またも斎藤の姿は無かった。
どこで何をしているのか、案じても仕方がないが、沖田と恵は斎藤が帰るまで起きているつもりで夢主を見守っていた。


仕事で不在の斎藤が戻ったのは、栄次が寝床に入ってからだった。
いつもと変わらぬ佇まいで、急いで戻った様子を示すのは、庭に残る足跡がいつもより深く歩幅がある事くらいだった。

「全くどこに行ってたんですか!」

「色々とあったんだよ。大丈夫か夢主は、勉は」

生まれて間もない我が子の名を呼ぶ斎藤に、沖田と恵はきょとんと目を丸くした。
夢主の口からも子供の名は聞いていない。
お産が終わり落ち着いてからは皆と挨拶を済ませ、あとは勉の世話か眠りの中にいた。

「今、夢主さんは寝ているわ。お子さんもね。覗くならそっとよ、体を回復させてあげないと」

無論、と斎藤は黙って顎を引き、音もなく障子を開けた。
寝顔を覗くつもりだったが、障子を開けると斎藤は夢主と目が合った。
見えたのは安らかな寝顔ではなく、少し疲れた顔で微笑む夢主だった。

「一さん、お帰りなさい」

「起きていたのか」

「ふふっ、一さんの声を聞いたら目が覚めるんです。お仕事、お疲れ様です」

「阿呆、それはお前だろ。頑張ったな」

近付いても大丈夫か、斎藤が訊ねるように首を傾げると、夢主は柔らかに微笑んだ。
夢主の隣で勉がすやすやと眠っている。

斎藤はそっと夢主のもとへ近付き、何も言わずに抱きしめた。
柄にもなく掛けたい言葉で溢れている。しかし斎藤は黙って夢主の体を包み込んだ。

「一さん……」

「遅くなってすまない」

沢山の言葉の中から斎藤が選んだのは詫びの一言だった。
夢主はくすくすと笑い、斎藤の顔を見上げた。

「大丈夫です、みなさんが力を貸してくれたんです。それに、一さんの声が聞こえたんですよ」

「俺の」

「はい」

夕暮れ時、外で仕事を果たしていた斎藤がふと夢主はどうしているだろうかと空を見上げた。

……もしやあの時の呟きが……

考えて斎藤は首を振った。
有り得ない。だが、いいじゃないか。フッと笑み返すと、夢主は疲れを忘れたように美しく笑った。

「それにですね、お月さまと帰って来るなんて一さんらしいです」

「何」

「綺麗なお月さまが見えます」

自分を抱きしめる斎藤越しに夜空の月を見つけた夢主は、ほらと目を向けた。

「勉さんのお顔を初めて見るのが月明かりの中。とても素敵ですよ」

「ククッ、そうか。良く寝ているな」

「はい。抱っこされますか」

「いや、目覚めてからでいいさ。勉、よく生まれてきたな」

小さな我が子に語り掛ける夫の姿を、夢主は目が消えてしまう程にこやかに見つめた。
時に荒々しい斎藤が、繊細な仕草で勉の頬に触れている。愛おしさに夢主の目頭が熱くなった。
 
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