斎藤一明治夢物語 妻奉公

人誅編 完・繋ぐ日々、廻る月
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朝を迎え、食事を終えた一同は夢主と勉を囲んで談話した。
斎藤は外で済ませると朝一で席を外して家の様子を見に行き、食事が終わる頃に戻ってきた。
制服姿を整えて、いつでも仕事に赴ける状態で夢主と勉を見守っている。

「それにしても生まれる前から名前を付けていたのね、気が早いこと。女の子が生まれていたらどうしたの、それも考えてあったのかしら」

「ふふっ、分かっていたんです。ね、一さん」

「あぁ、そのようだな」

恵はどういう事、と首を傾げた。

「名付けたのは私達じゃないんですよ」

「まぁ」

話が噛み合っていないが、二人の間では通じている。
恵はどこまで仲睦まじいのと二人の顔を交互に眺めた。

「でも初めてのお産で安産、医者の私がいらないくらいよ、本当に良かったわ」

「だけどみなさんがいる時に産気づいて驚かせちゃいました」

「きっと皆の顔を見て安心したのよ。だからお腹の子が今なら大丈夫って出てきたんだわ」

「私の気持ちを汲んでくれたんですか、勉さんたら……優しい子です」

「お前譲りだな」

夢主と斎藤が我が子を慈しんで閑やかに見つめ合い、恵は呆れた顔で笑った。
夕べの心配は無用だったと安堵した。
斎藤が帰らなかったのは仕事の忙しさが理由。通常の警官働きと異なるのだから無理もない。
恵は不良警官が見せた珍しい顔、初めて聞く穏やかな声に対する驚きを隠して頷いた。不良警官から夢主へ向かう深い愛情は明らかだった。

「でも良かったわ、これで安心して会津に帰れるもの」

「えっ」

「もう少し先だけど、会津に帰るつもりよ。夢主さんの体が落ち着く頃には剣さんと馬鹿の拳の治療も終わる予定だから」

皆がそれぞれの道へ、その時は近付いていた。

恵は会津へ戻り、左之助は世界へ旅立つ。

沖田の世話になる栄次も、容保公が奉公人を探していると聞き、働かず世話になるだけの暮らしから抜け出そうと、奉公を決めていた。
奉公の先に、もう一つの目標がある。
十七歳になれば志願できるという軍隊。入隊に必要な体力、あって困らない教養を身に付ける為の奉公でもあった。
自分を助けてくれた斎藤や剣心のように、人々を助ける為に軍人に、栄次の心は決まっていた。

剣心と薫はこの町に残るが、自分達の家族を持ち、今までとは付き合いも変わるだろう。
淋しさもあるが、嬉しい変化だ。

斎藤に起こる変化も子に恵まれることだけではない。
一番の変化が待っている。

「剣心……」

「どうしたの夢主さん」

変わっていく皆の生活を思い描くうち、夢主は剣心の姿を思い浮かべた。
夫である斎藤にとって最大の変化は剣心の存在。
考えた夢主は小さく首を振った。

「いえっ、なんでもありません。会津へ戻る前に教えてくださいね、出来ればお見送りさせてください」

「ありがとう。その時はちゃんと伝えるわね」

旅立ちを見送る約束。笑って恵の門出を祝えるだろうか。
夢主がこれからの淋しさを感じた時、勉が泣き始めた。

朝餉の場から警視庁へ向かう斎藤は、我が子の可愛い泣き声に送られて井上道場を出て行った。
何とも擽ったい。斎藤はいつになくニヤリと口角を上げていた。

斎藤を見送った後も勉は泣き止まなかった。
夢主は勉をあやしながら、自分の気持ちを汲み取って泣き出したのかと慌てていた。
大丈夫よと何度も呼び掛ける声が、自らを諭す声に変わっていく。

斎藤が剣心に対して、けじめをつける日がもうすぐ訪れる。
長年抱えてきた宿敵への思いは決して美しいものではない。己の手で止めを刺す、相手の命を奪うのが望み。
我が子を前に幸せを感じていた斎藤が、どんな考えでけじめをつけるに至るのか。
夢主は泣きじゃくる勉の背を必死に撫でていた。
 
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