斎藤一明治夢物語 妻奉公

お届け物ですよ
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肌寒い季節、束の間の温かな午後の日差しを浴びようと、夢主は勉を連れて井上屋敷の縁側で寛いでいた。
井上屋敷の縁側は広い庭を前にして、陽がたっぷりと届く。
暫く眠っていた勉が目を覚ますと、まるでこの時を待っていたかのように来客があった。
門からの来訪ではなく、突然目の前に現れた。

「お久しぶりです、夢主さん」

「宗次郎!」

軽やかな着地音と共に響く澄んだ涼やかな声。
声に似合う爽やかな笑顔が、夢主を見つめていた。

目覚めたばかりでぼんやりとしていた勉が、夢主の腕の中、母親の声に驚いて顔を上げた。
満足いくまで眠れたのかすこぶる機嫌が良い。
幼いながらも何が起きているのか確かめて、周りを見るように顔を動かしている。
夢主は大丈夫よと言わんばかりに、無意識に勉をとんとんとあやしていた。

「戻っていたんですか、てっきり北海道にいるものかと」

「いたんですけどね、さすがに雪が降り始めたら戻って来ちゃいました」

「そっか、そうですよね、いくら宗次郎の足でも雪からは逃げられませんね、ふふっ」

「あははっ、降り始めてすぐに場を離れるくらいでしたら出来ますが、でも降り続くと寒いですし雪があると走りにくいですからね」

夢主の冗談に少しだけ負けず嫌いを見せた宗次郎、昔、通り抜けるのに苦労した雪の山を思い出して、敢えて行きたい場所ではないと認めた。
きょろきょろと顔を動かしていた勉だが、母親と笑い合う人物に興味を持ったのか、そっと宗次郎に手を伸ばした。

「わぁ赤ちゃんですか、夢主さんにそっくりですね」

「ふふっ、そうですか?」

伸ばされた手に宗次郎が手を伸ばし返し、柔らかい手が宗次郎の指を掴んだ。
優しくも力強い不思議な握手。
宗次郎は面白がって上下に指を振った。

「誰のお子さんですか」

「えっ、私の子供ですよ」

自分に似ていると言ったのだから、自分の子だと結びついた言葉だと思ったが違った。
驚いた夢主が事実を伝えると、宗次郎は素直に受け入れて母と子の顔を見比べた。

「やっぱりよく似ていますね、由美さんが男の子は母親に似るって言ってたんですけど、本当だったんだ」

そういうことなら自分も母親に似た顔をしているのか。
一瞬思考する宗次郎だが、考えても仕方がないやと大きく微笑んだ。
大きな笑顔につられて、勉も顔を綻ばせる。

「ふふっ、勉さんも笑っています」

笑っていると言われた勉が短く声を上げた。
まだ笑い声にも聞こえない幼い声。
しかし宗次郎には、健やかな笑い声に聞こえた。

「なんだかいいですね、喜んでいるのが分かります」

母の愛を受けて笑っている。
そう見えた宗次郎は、自分の中で胸の奥が熱くなる感覚に向き合っていた。

「夢主さんに可愛がられて喜んでいるんですね」

「ふふっ、今のは宗次郎に遊んでくれてありがとうって笑ったんだと思いますよ、勉さん、初めて会う方にとても興味を持つんです」

「ありがとう……へぇ、赤ちゃんなのに分かるんですね」

裏の無い笑顔が僅かに淋しく揺れる。
手を伸ばして「よしよし」してあげたくなるけれど、宗次郎の為にはならない気がして、夢主は堪えた。
もし由美が生きていれば、してあげられたのだろう。

「宗次郎が遊んでくれたから、このお兄ちゃん大好き、遊んでくれてありがとうって笑ったんじゃないかな」

触れて慰める代わりに、夢主は勉が感じたであろう言葉にならない感覚を、言葉にして宗次郎に伝えた。
ほんの少し、宗次郎の頬が上がる。
自分に好意を寄せてくれる存在、幼い自分が失ったものを与えてくれる小さな存在。
理解できない心地よい感覚に包まれた宗次郎は、照れ臭さを誤魔化して話題を変えた。

「あ、井上さんおいでですか、刀壊しちゃって申し訳ないんですけど、一つ返す物がありまして」

ずっと持ち歩いていたが、持ち続けるより返すべきなのではと気付いた。
そう言って宗次郎が取り出したのは、夢主が焼いた桜の陶器だった。
沖田から一文字則宗を奪った際、共に運ばれてしまった根付け。
貰ったと思った刀は奪っていたと気付き、刀に添えられていた根付けは邪魔だと思っていたが、何故か捨てられずにいた。
 
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