斎藤一明治夢物語 妻奉公

お届け物ですよ
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「あっ、それ……。総司さん、もう戻る頃だと思います。きっと喜びますよ、あ、ほら」

食事の後、昼寝の邪魔にならないようにと散歩に出ていた沖田が戻ってきた。
自分の留守に上がり込む客に眉根を寄せる沖田だが、瀬田宗次郎だと分かり、何とも言えぬ気分で歩み寄る。

「お久しぶりです井上さん、それから、ごめんなさい」

「えっ」

宗次郎がペコリと頭を下げ、沖田は眉間の皺を深めた。
突然の謝罪、とても軽い謝罪だ。しかし悪意も敵意も感じられない。冗談ではなく心から頭を下げているのか。
そもそも何に対して頭を下げているのか、思い当たる節が多すぎて、沖田の渋い顔は苦笑いに変わった。

「頂いた刀、壊しちゃいました。まぁ壊したのは緋村さんなんですけどね、あははっ」

「全く君は……反省しているんだか、していないんだか」

「していますよ、だから、ごめんなさい」

心が籠っているようには感じられないが、宗次郎にとっては精一杯の謝罪。
沖田は太い息を吐いて頷いた。

「構いません、正直あんな名刀をと口惜しいですか、貴方に渡した時点で貴方の刀です。渡したのは僕、自分の意思ですから」

恨み言を口にしない沖田の人柄に、見守る夢主は目を細めた。

「それで、まさか夢主ちゃんの赤ちゃんを見に来たわけでもないでしょう、何しに来たんです」

異様に夢主と距離が近い宗次郎を牽制するように、沖田の視線が宗次郎の体の上を行き来した。
じっくり見ると体の成長が良く分かる。
明らかに子供だったあの頃とは違う、大人の体つき。細く見えても着物の下には引き締まった体が隠れているだろう。
沖田は己に似た体格の剣客に注意を払った。

夢主はすっかり気を許しているが、沖田は完全に認めた訳ではない。
極めて近くに立ち、いつでも抜刀できるよう立ち位置に気を付けていた。

警戒に気付いた宗次郎は、自分は丸腰ですと両手を掲げ、腰に獲物が無いことを見せつけた。
桜の陶器は紐が付いているが、落とさぬよう握った手の中にある。

「貴方に用があるんです、井上さん。これをお返しします」

宗次郎が手を開くと桜の陶器が現れた。
沖田には懐かしい。土方の物が手元にあるが、自分宛てに渡された物は思い入れが違う。

「これは、夢主ちゃんが作ってくれた陶器ですね、根付けにして鞘に付けていた」

「はい。邪魔だったので外していたんです。アジトを出る時に、何故か置いていけなくて」

「そうですか……ありがとうございます」

受け取ろうと沖田が手を伸ばすが、宗次郎はひょいと持ち上げて渡さなかった。

「どういうつもりですか」

「あははっ、いえ、夢主さん手作りと聞いたら急に可愛らしく見えてきまして。いいですね、これ、僕にくれませんか」

「えぇっ、何を言うんですか!それは僕の」

「だって今しがた、刀は僕に渡したから僕の物と仰いました。でしたら、刀に付いていたこの桜もそうなりますよね」

「うぐっ、それとこれは!話が別です!」

特別な物を渡す気はない。
失って気落ちしていた物が戻ってきたのだ。二度と手放したくないと沖田は心を騒がせた。

「僕に下さい」

「駄目です!それは僕が貰ったんですから!」

「じゃあ勝負をしましょう、勝った方が手にする。単純です」

沖田がいいでしょうと言いかけて、夢主は急いで二人を止めた。

「あぁぁ止めてください、いいじゃありませんか総司さん、土方さんのが残ってるんですし」

「ですが、あれは土方さんので」

宗次郎の手にある物が戻れば、沖田は二つの陶器を手にすることになる。
土方の物と、自分の物。
もしどちらかを誰かに委ねるとすれば……。
沖田は振り返って部屋を見た。しまわれている土方の形見の桜の陶器。
壁には夢主がくれた土方の錦絵が飾られている。

————いいじゃねえか、総司。

あっけらかんと言われた気がして、沖田はふふっと笑った。
顔を戻すと、宗次郎が物欲しそうに沖田を見つめている。
これまでの出来事を全て忘れたように純真な瞳で見つめていた。

「はぁ、仕方ありませんね、分かりました。その代わり!何があっても夢主さんとこの子に危害を加えないこと!なんなら二人を守ってください、それが条件です!」

「いいですけど、僕すぐに旅立っちゃいますよ」

どこかに長居するつもりはない。
まだ答え探しの旅は始まったばかりだから。
宗次郎は貰ってもいいと言われた桜の陶器を手の平に乗せて眺め、首を傾げた。
返せと言われてももう返す気は無い。でもそれはきっと悪いこと。

「いる時だけで構いませんよ、どうせまた来るつもりなのでしょう」

「はははっ、よく分かりましたね!でもそれでしたら安心してください、僕、約束は守りますから」

そう、志々雄さんや方治さんの頼まれ事も約束も、違えた事はなかった。
僕にも出来る事はある。
宗次郎が強く握って拳を作った時、突然勉が泣きだした。

自分のせいかと目をぱちくりさせる宗次郎だが、夢主は笑って首を振った。
少しだけ困った様子の夢主に、宗次郎はまたも目をぱちくりさせた。

「あ、あのね宗次郎、勉さん、お腹空いたって泣いてるの。だから、その」

「わぁ、赤ちゃんがおっぱい飲むんですね、どうぞご念慮なく」

「えっ」

よしよしと勉をあやす夢主の手が止まった。
気まずさを感じて頬を火照らせる夢主、目を合わせられないが、隣で沖田も赤面していた。
 
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