斎藤一京都夢物語 妾奉公

□8.若狼
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「そうだな、半端だろうが何だろうが、立ち向かわなければならん時もある。背を向けて逃げ、負け犬にもなれん男の方が情けない。だから弱さを一概に否定はできん」

「そう・・・ですね」

夢主は自分の知っている斎藤の言葉と、今の言葉を比べていた。

・・・十年も若いと考え方も少し違うのかな、これから沢山の命のやり取りや駆け引き、裏切り・・・
・・・幾つもの修羅場を越えて変わって行くのかな・・・

自分の中にいた『斎藤一』と目の前にいる『斎藤一』は少し違うけれど、皮肉さの中に優しさの滲む今の彼がとても愛おしい。
斎藤は横顔に受ける視線を感じながら月を見上げ、おにぎり三つを手早く食べ終えた。

「お早いのですね・・・」

あまりの早さに夢主の呟きが漏れる。

「ぁあ、いつもは飯に時間は掛けんのでな、つい。すまんな、ゆっくり食え」

一度夢主を見て斎藤はまた月を見上げた。
月を仰ぎ見ながら茶を啜っている。

「美味いな・・・」

自分の淹れた茶だが構わず呟いた。

・・・月のせいで美味いのか、縁側の・・・月夜の風がそうさせるのか、それとも・・・

斎藤はもう一度夢主を見た。
今までそこにいなかった存在を。

「剣客さんは風流を味わう心がないと駄目・・・って聞いた事があるんです。・・・本当ですか」

夢主は二つ目のおにぎりを手に取ると、おもむろに訊いた。

「ほぉ。面白い事を言うな」

斎藤は少しだけ目を見開いた。
こんな女からそんな言葉が出てくるか。

「確かに様々な気や僅かな空気の変化に敏感であれば剣客にとっては有利だ。普段から様々気を向け、感じ取るよう心掛けるのは大事だろうな」

斎藤も月を見たり風を感じるのは嫌いではない。
今宵の月見も美味い茶に美しい月、良い時だ。

「私にも出来るかな・・・」

夢主は何の気なしに呟いた。

「今も気を研ぎ澄ませば・・・ほら、聞き耳立ててやがる連中がすぐに分かるぜ、フッ」

斎藤がそう言って振り返ると、「ばれてたか!」とばかりに騒々しい音を立てて逃げていく者が幾人か。
夢主には分からなかったが、斎藤はずっと気になっていた。

「フン、これで少しは静かになっただろう」
 
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