斎藤一京都夢物語 妾奉公

□19.市中見物
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秘密の打ち合わせから数日。
斎藤と沖田が揃って非番の日がやってきた。
京の町へ買い物に行けると知って、夢主は心から喜んだ。

斎藤は土方の許しを得たが、面白くなりそうだと沖田には告げていない。
こっそり打ち明けられた夢主は秘密を共有し、共に悪戯をするみたいで少しだけわくわくしていた。

「私、出かける前に土方さんにお薬返してきますね、すぐ戻ります」

軽い火傷だったので翌日には腫れも殆ど引いたが、念の為塗っておけと数日預かっていた。
石田散薬に興味が湧いた夢主は自分で薬を返すと申し出た。

出掛ける支度は済んでいる。
斎藤と沖田は縁側に腰掛けてゆるりと待つ事にした。

「土方さん、夢主です。お薬返しに参りました」

部屋に居ると聞いた夢主は廊下で用件を告げた。

「おぅ、入れ」

いつもの調子で土方が応じ、夢主も気を張らずに障子を開けた。
ここを訪れるのは久しぶりだ。
反射的に部屋の中を見回すけれど、もうあの時の怖さは感じない。

「失礼します」

「お前が薬を返しに来てくれるとはな。思わなかったぜ」

「そんなに・・・意外でしたか。あの、ありがとうございました」

「火傷はもういいのか」

土方は夢主の手を覗くように見た。
手を伸ばしてこなかったのは気を使ったのだ。

「おぉ、痕も無くすっかり赤みも引いてるようだな。良かったぜ」

「はい、ありがとうございます。土方さんのお家のお薬はとても効くんですね」

夢主は薬を差し出した。
薬を受け取りながら土方の顔が得意気に変わる。副長の顔はやんちゃな青年の顔になっていた。

「まぁな。石田散薬は江戸じゃちぃっとは名の売れた薬なんだぜ」

「ふふ、そうみたいですね。私も聞いた事がありますよ」

詳しく知らないが名前くらいは聞き覚えがある。
土方が担いで売り歩いた薬らしいとか。

「ほぉ、そうか」

「斎藤さんが飲み薬って仰ってたんですけど・・・」

「おぅよ。切り傷、打ち身、捻挫、骨折、なんでも効くぜ。熱燗でぐぐっといくんだ」

「凄い万能薬なんですね・・・」

「まぁな。しかしお前ぇ色々と知ってくるくせに石田散薬を知らねぇとは。・・・俺の事、興味なかったのか」

少し拗ねたように夢主に訊ね、子供のように淋しそうな顔を見せた。

「あは・・・そんな事はありませんよ、土方さんは有名でしたから」

斎藤の事が大好きで、周りの皆も大好きだったが知識には偏りがあるものだ。
白々しくなってしまうが夢主は世辞を言った。

「ふん、まぁいいさ」

土方は自分の膝をパシッと叩いて自分に言い聞かせるよう呟いて、薬を片付ける為に立ち上がった。
夢主は綺麗に戻った指先を見て素朴な疑問をぶつけてみた。

「火傷の薬もとても効くのにどうして売らないんですか」

「まぁ色々とな。珍しい材料集めや調合に時間や手間が掛かるんじゃ売り物には出来ねぇからな。特別な薬として秘蔵してんだよ」

「へぇ・・・凄いんですね」

夢主は座ったまま土方の背中を見つめた。
きちんと薬を片付ける律儀な姿がこの人らしい。
 
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