斎藤一京都夢物語 妾奉公

□20.銀の星、金の月
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三人を包む空気が緊張したものに変わった。それでも折角の外出、再び市中散策を楽しむべく歩き出した。
今まで夢主を温かく見守っていた二人の眼は、今は危険な存在を探して市中を見据えている。
少し淋しい・・・夢主の視線は下を向いた。

「あっ・・・」

淋しさから気を逸らそうと店の並びに目を戻すと、綺麗な小物入れが揃う店を見つけた。
小さな器は貝を合わせた物から組み木細工の小箱に漆塗りの入れ物まで多岐にわたる。

「ここは・・・何屋さんですか」

「ここは紅や白粉を売っているお店ですよ」

「お化粧品・・・」

二人に訊ねると沖田が横にぴたりと付いて教えてくれた。
斎藤は夢主を視界に入れつつも通りへの警戒を怠らない。

「そういえば夢主ちゃんはしていませんね」

「はい」

居候の身で持ち物はほとんど無い。
収入が無いので買い物もしない。化粧品は贅沢の部類に入るだろう。手に入れようがなかった。
それに白粉が有毒なのは未来では有名。その白塗りの見た目にも抵抗がある。

「でも白粉はちょっと抵抗が・・・」

「フッ、あれこれと面倒臭く塗りたくった顔より、そのままの方がよっぽどいいだろうぜ」

夢主はちらと斎藤を見上げた。斎藤は褒めてくれたのだろうか。ぶっきらぼうに言った斎藤は、通りに目を戻した。
白粉の化粧、白く染めた能面のような顔立ちで感情を余り外に出さない京の女達を、斎藤は一夜限りの相手には丁度良いが、向き合うにはややこしく面倒だと思っている。
そのままの顏で愛嬌たっぷりに表情を変える誰かの方が余程良いと、何の気なく比べていた。

「そうですよ!夢主ちゃんのそのままの素顔、僕は好きですよ。愛らしくって」

「っ・・・」

いきなり褒められ、夢主は両頬に手を置いた。
顔を隠したのだ。ほんのり温かいのは恥じらいのせい。

「急にそんな事・・・恥ずかしいです、褒めていただくような顔じゃありませんから・・・」

「フン、人並み程度には思っていいだろう」

顔を見ながら言われた一言。
失礼なのか褒められたのか、沖田との落差を感じて苦い気持ちになる。

「人並み・・・」

「紅くらいなら、抵抗無いんじゃありませんか」

拗ねる夢主に沖田が紅を勧めた。
目の前の紅入れはどれも可愛らしく、色とりどりの品が並んでいる。
沈みかけた気持ちが軽くなり、紅入れを見比べ始めた。ただ、どれ程気に入ろうが夢主には手持ちがない。

「でも・・・」

「僕が差し上げますよ、今日の記念に!どうですか。あっ、紅塗るなら鏡もいるのかな」

今日の記念に、そう言われて夢主は顔を綻ばせた。
久しぶりのお化粧、気持ちが揺らぐがやはり甘えてはいけない気がする。
夢主が悩む一方、沖田はその気になって一人盛り上がり始めた。
その時、新選組の巡察隊が曲がり角からやってきた。

「あ、原田さん」

「ぇえっ?!」

「よっ、夢主!」

笑顔で応えた原田、沖田は秘密の市中見物が見つかってしまったと焦った。
どうすればいいか狼狽える間に、原田が手槍を片手に寄って来る。

「おぉ総司!なんだ紅か、いいなぁ。夢主に選ぶのか、紅、似合いそうだな」

「えっ、そうですかっ」

手にした紅を見て、原田は買ってやるのだろうと当たりをつけて話す。
何やってんだと窘められると思った沖田は予想外の言葉に上ずった。
そんなやり取りの最中、夢主は沖田から離れ、隣の櫛屋に目が移っていた。
 
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