斎藤一京都夢物語 妾奉公

□21.月見水
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その夜、食事の席で座敷に集まった皆から市中見物の事を詮索された。

原田に斎藤が夢主に櫛を、沖田が紅を買い与えた事をばらされ、二人が皆に揶揄われた。夢主はその姿を見つめながら苦笑いで小さく肩を揺らした。

一人離れて見守る土方は特に何も訊ねず、満足そうにその場を眺めていた。
やがて盛り上がる皆を妨げぬよう静かに部屋を出て行った。
夢主が追いかけて改めて礼を伝えると、「あぁ」と短い返事と微かな笑みが返ってきた。

あっという間に終わった賑やかな食事の時間。
部屋へ戻ると、今まで気付かなかったがすっかり足が重くなっている。
寝巻に着替え、外で待つ斎藤に声を掛けた。

「ありがとうございます。もう大丈夫です」

斎藤は無言で戻り、着替えを始めた。
普段から夢主がいても気にせず無言で着替え始めてしまう。
目配せだけはしてくれるので、夢主も徐々に背を向ける時が分かってきた。
今も衝立の向こうで背を向けている。

「久しぶりにこんなに歩いた気がします」

「そうか、市中くまなく歩いたからな。疲れたか」

見えていないけれど、夢主は首を横に振った。

「とっても楽しかったです。素敵な物まで買って頂いて・・・ありがとうございます」

布団の脇に櫛と紅入れが置いてある。
夢主が美しい二つを見て目尻を下げた時、寝巻の帯を締め終えた斎藤が振り向いた。

「ずっと籠もって耐えた褒美だと思っておけ。俺達揃ってお前を色々と振り回しているからな」

「そんな・・・私こそ・・・ありがとうございます」

夢主は櫛を手に取った。
金細工の月をなぞってみる。小さく巧みな細工の中でひとつ大きく存在する金色の満月。
周りを彩る銀の星々も淡い桜も仄かに月の色を映して、そのさまは月に焦がれているようだ。

「本当に綺麗です・・・」

「外も、今宵も美しい月だったぞ」

夢主の着替えを待つ間、縁側で眺めていたのだろう。
目が合った斎藤の瞳に、月の色が残っているような気がした。

「また・・・お月見したいです。月見晩酌・・・ふふっ」

自分は呑めないのに、そんな事を言ってしまう自分を笑った。

「フッ、いいな。今からするか」

「えっ」

「ちょいと酒を拝借してこよう」

「ぇっ・・・いいんですか、怒られませんか・・・」

「構わんさ。いつもの事だ」

斎藤は夢主の申し出を気に入ったようだ。にやりと笑って部屋を出て行った。屋敷の酒を分けてもらおうと言う魂胆だ。
幹部連中に限るが、屋敷の酒を頂戴してしまう事がかなりの頻度であり、家の者も諦めていた。
夢主は嬉しい反面、歩き疲れていたのでまたすぐに寝てしまうんだろうと、自分の下戸っぷりを嘆いた。
 
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