斎藤一京都夢物語 妾奉公

□25.
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甘えろ・・・・・・
前にも言ってくれた斎藤の言葉だ。

あんなに言ってくれているのに、どうして素直に甘えられないのか・・・夢主は日がな一日その事ばかり考えてしまった。
斎藤を見かける度にその姿を目で追うのはいつもの事だが、今日はその背中から目を離せなくなってしまった。

夜、いつものように訪れる二人きりの時間。
先に着替えを済ませた夢主の傍ら、部屋に戻った斎藤がするりと帯を落として着替えを始めた。
普段なら直前に気付いて目を逸らすのだが、一日見つめていたせいか、肌が晒されてもその背から目を離せなかった。
流石に動きを止めた斎藤は、背を向けたまま俄かに振り向いた。

「どうした、そんなに俺の背中が気になるか」

一日中見られていたのは当に気付いている。
自分の言葉が理由なのもおおよその見当が付いた。

「ぁっ、す、すみませんっ・・・」

咄嗟に目を伏せたが、またすぐに眺めてしまう。
そっと顔を上げれば、斎藤はまだこちらを見ていた。

「斎藤さんの背中・・・綺麗ですね・・・」

剣客ならばもっと傷が、山ほど傷があるものだと思っていた。
だが斎藤の背中は、美しかった。

「背中の傷は武士の恥・・・と、までは言わんがな。囲まれることもある。だが俺は敵に背を向けたりはせん」

ニッと口角を上げる斎藤、自信の表れだ。

「まぁ最近はいざとなると狼狽してやたらめったら刀を振り回す隊士もいて、どこから刀が飛んでくるか分かったもんじゃないが」

やれやれと自らの部下を笑った。
そんな斎藤だが腕には幾つかの傷痕がある。殆ど消えているものから、新しい傷も見える。
胸や腹は見えないが、以前目にした時は腕と同じように幾つか傷を見た気がした。

「背には守るべきものを置く。その為には背に太刀を受けていられまい」

斎藤の言葉に何故だか夢主の胸が高鳴った。
その傷一つない大きな背中は何かを守り続けてきた証。強さと誇りを表す逞しくて美しい姿。

「ま、実際巡察の時の斬り合いは、背は沖田君に預けているのでな。そうそう斬られんさ」

「沖田さんの背中は斎藤さんが・・・」

命を掛けた信頼。二人の関係を改めて思い知る。
日常のぶつかり合いはやはり信頼の裏返しなのだろう。

「沖田さんの体も傷だらけなんでしょうか・・・」

訊いたのは思い付きだった。剣客にしては小さなあの体にも多くの傷があるのだろうか。

「沖田君は身軽だからな、避けるのが上手い。疾いぞ。すんでの所で避けて突きを繰り出すのだからな」

「そうなんですか・・・斎藤さんは・・・」

・・・斎藤は勢いのある突進・・・牙突・・・

相手の太刀をろくに避けずに向かっていく姿が浮かぶ。自分の身を大切にして欲しい、夢主の胸がきゅぅと詰まる。

「俺だって馬鹿じゃない、避ける時は避けるさ」

軽く笑った斎藤は着物を落として着替えを再開した。今度は夢主も顔を背けた。
 
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