斎藤一京都夢物語 妾奉公

□26.気まずさ
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沖田と手早く済ませた遅めの朝飯後、夢主は緊張の面持ちで部屋へ戻った。
まだ斎藤の姿は無く、全て綺麗に整えられたままだった。

「斎藤さん・・・お食事の後、部屋には戻ってないんだ・・・」

沖田に会うのも恥ずかしいが、斎藤に会うのも気まずい。
部屋に留まりたくなかった夢主は汗を吸った稽古着を洗いに出た。

「沖田さんもどこかへ行っちゃったし・・・あぁどうしたらいいんだろう・・・」

今日は朝から一度も斎藤と顔を合わせていない。
伝えられないヒトの話、沖田から告げられた言葉。どんな顔で斎藤と会えばいいのだろうか。

「あぁあああ私ってば、余計な事ばっかりしている気が・・・沖田さんってば、なんでこんな私に・・・」

折角元気付けてもらったが、夢主はまたも落ち込んでいた。
思い悩むうち、昨夜の驚きが蘇ってくる。
労わるように柔らかく回された腕、細身の剣客だと思っていた斎藤の腕はとても逞しく、包まれていると温かかった。

「夕べの斎藤さん、何を思って・・・心配してくれただけだよね、優しいから・・・」

孤独の中、辛い思いで無理するなと伝えたかったのか・・・夢主は蘇った感覚を打ち消すように腕をさすった。

斎藤に未来の妻の存在を伝える勇気は無い。
伝えれば、どう感じるのだろう。
期待するのか・・・喜ぶのか・・・関係ないと終わるのか。
邪魔してはいけないと思うけれど、自分の気持ちを抑えられる自信も無くなっている。

それに沖田の発言にも驚いた。
弾みで言ったのではないと、真剣に気持ちを訴えていた。

「真面目で・・・優しい人・・・」

洗い桶に水を張り、一人ぼやきながら汗が染みた稽古着を洗った。
水に浸して押し洗いするが、しっかりした生地は汚れの落ち具合がよく分からない。

「うぅん・・・こんなものかなぁ、洗濯板ぐらいあると思ったのに・・・」

洗濯板を貸して下さいと申し出て皆が「?」と同じ顔をするので疑問だったが、洗濯板が登場するのが明治以降だと夢主は知らなかった。

「うん、完成!これを・・・干すの・・・」

井戸の傍に物干し竿らしきものがある。
だが隊士達が干す機会が多いせいか夢主の背が低いからか、竿の位置が心なしか高い。
良く見ると干す場所は二段になっているが、何故か上の段に竿がまとめて二本置いてある。

「うぅ・・・チビに対する嫌がらせ・・・せぇ、の・・・」

手足をぷるぷるさせながら一生懸命伸ばすものの、あと僅かの所で届かない。

「ぅう・・・干せない・・・」

懸命に背伸びをして疲れた夢主は、稽古着を抱えてしゃがみ込んでしまった。

「も、もう一回っ!えぃっ」

意を決して、もう一度ぷるぷるぷる・・・どれだけ気持ちを込めようが先程と変わるはずがない。
竿はピクリともせず横たわっている。
これは思い切り跳んで、頭に当たるのを覚悟で竿を外すしかない。
覚悟を決めた夢主は最後にもう一度と手を伸ばした。

「ほらよっと」

「わっ!」

ぴんと伸びた指の先に大きな手が現れて、いとも簡単に竿を取り外してくれた。

「原田さんっ」

「よっ、洗濯かい、珍しいな」

「ぇへへっ・・・」

巡察から戻った原田が一直線に伸びた体で頑張っている夢主を見兼ねて手を貸してくれたのだ。
洗濯は血を触らせたくないと、夢主には回ってこない仕事であった。

「おっ、それ道着か?小さいな。お前のか」

不思議そうに夢主の持つ稽古着を持ち上げた。
そして話しながら竿に道着を通し、元のように竿を戻して干してくれた。
そよそよと程良い風が早速道着を揺らし始める。
 
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