斎藤一京都夢物語 妾奉公

□29.小さな酒宴
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「で、夢主はん。また紅持ってきてへんの」

昼餉の片付けの際、女将に催促された。
先日打ち明けた沖田の紅をなかなか持ってこないので、ついに痺れを切らしたのだ。

「今夜持ってきなはれ。持ってこぉへんかったら、わてが部屋まで取りに行くさかい!斎藤はんに迷惑かけとぅ無かったら、ちゃんと自分で持って来はり!」

「は、はぃ」

気迫ある女将の言葉に逆らえず、夢主は観念して頷いてしまった。

「あんなぁ、絶対似合うゆぅてますやろ!わても息子しかおらへんさかい、かいらしぃ娘はん着飾るんが楽しみで仕方あらへんのよ。わての為や思ぅて持ってきとくれやす」

それでも割りきれず俯く夢主を女将は後押しした。
厳しくも優しい笑顔で促し、片付けが残っていると屋敷の奥へ消えていく。言い返す隙を与えなかった。

「・・・はぃ」

夢主は女将に届かない返事をして、暫くその場に立ちすくんだ。
褒められて照れたが本当に似合うのか、鮮やか過ぎる紅は自分には派手過ぎるのではないか。喜んで化粧をする気になれない。

夕暮れ時、夢主は鏡の引き出しから紅を取り出して眺めていた。
いつ見ても蝶の細工が見事だ。指でなぞっていると溜息が出てしまった。

「どうした」

浮かない顔の夢主に斎藤が訊ねた。細工に見惚れて出たのではない溜め息。
夢主は紅を手にもう一度小さく息を吐いた。

「女将さんが・・・今夜こそ絶対に持ってきなさいって・・・」

「なんだそんな事で暗い顔をしているのか。いいじゃないか、女将さんも楽しみにしているんだろ、持っていってやれ。着飾る人形になってやればいい」

女将の企みを見抜きつつ斎藤はにやけながら言った。

「人形って・・・」

「安心しろ、似合うさ」

フッと口角を上げる斎藤から、視線を紅に戻して夢主は立ち上がった。
お世辞でも背中を押してくれる一言。夢主は勇気を振り絞った。
今夜こそ約束を果たして日頃の感謝の気持ちを伝えよう。

「ぜ、絶対に・・・笑わないで下さいね!そ・・・それからみなさんには・・・」

「言うかよ、こんな面白い事」

「おもっ・・・」

ぷうっと頬を膨らませかけたが、斎藤が嬉しそうにこちらを見ていたので、素直に微笑み返した。向けられた瞳が優しげで言い換えしたい気持ちはすぐに消えてしまった。

「あぁ、そうだ。年始早々に大坂に経つ。心しておけよ」

「は、はいっ」

突然の一言に驚いたが、おおよそ予想通りの日程だ。

「では・・・一足先に・・・行って参ります」

「あぁ」

斎藤はにやにやと夢主を送り出した。
夢主は紅一つを手に、誰にも会わぬよう急ぎ足で女将の元へ向かった。

「さて、どんな姿で現れるのか、一興だな」

化粧っ気の無い夢主が初めての紅。
斎藤はまぁ悪くないだろうと想像して笑みを浮かべ独り言ちた。
 
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