斎藤一京都夢物語 妾奉公

□32.屯所の大晦日
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文久三年最後の日、屯所では家の者が総出で煤払いをしていた。
幹部達も例外ではなく、自らの部屋を片付けるよう言い付かった。
埃に咳き込んだり、面倒臭そうに「あーちきしょー!」と叫ぶ声があちこちで響いている。

斎藤の部屋は常日頃から清潔に保たれ、改めて叩き(はたき)をかけようが咽ぶ事はない。
年が明けて二日には大坂へ発つと伝えられており、斎藤はその準備すら既に抜かりなく整えていた。何らかの事情で日程が早まっても慌てはしない。

「斎藤さん、他のみなさんをお手伝いして来てもいいでしょうか」

斎藤の部屋の掃除はあらかた終わっていた。
他はどの部屋も手こずっている。様子を見て手伝いに回ろうと思った。

「あぁ、行ってやれ」

夢主は斎藤に頭を下げ、たすきにほっかむり姿で部屋を出た。
廊下に置かれた荷物を避けて、すれ違う掃除中の皆に会釈をしながら、先ず向かったのは沖田の部屋だ。
こそっと覗くと沖田が激しく咳き込んでいた。

「おほっ!ごほぉっ!ごほっ・・・」

「沖田さんっ!」

胸の事もあり、咳き込む姿に慌てて駆け寄る。

「だ、大丈夫です、ちょっと埃を吸っちゃって」

「もぅ、ビックリさせないで下さいよ・・・はい、口にあてて下さい」

沖田は咳き込み過ぎて、ほんのり涙目になっていた。
夢主は懐から綺麗な手拭いを出して、沖田の口元を隠すように巻いてあげた。

「あははっ、ありがとうございます。でもちょっと恥ずかしいな、ははっ」

慣れない恰好に沖田は照れて、手拭いを外してしまいたいのか言いながら軽く引っ張った。

「駄目ですよっ!沖田さんあんなに咳き込んで・・・きっと気管支が弱いんです。だから大事になさって下さい」

「・・・分かりました。ありがとう!」

心配そうに哀しい目で見つめてくる夢主に逆らえず、沖田は手拭いを引っ張る手を離した。
二人で手早く掃除を終わらせれば沖田もこれ以上咳き込まない。夢主は叩きかけを引き受け、一緒に畳を拭きあげる所まで手伝った。

「綺麗になりましたねー!夢主ちゃんのおかげです!ありがとう」

「いつもこれくらいに!なさって下さいねっ」

「あははっ、分かりました」

夢主に母親のように窘められた沖田は心なしか嬉しそうに反省した。
すっかり片付いた部屋を沖田は仁王立ちで眺めて喜び、晴れ晴れしく「うん、うん!」と頷いている。

「これで心置きなく歳が取れますね」

「え?」

無邪気に微笑む沖田に夢主は反射的に聞き返していた。
歳を取る。変わるのは歳ではなく年なのでは。

「新しい年を・・・迎えますね」

「はい。今日が大晦日ですから、新年を迎えて!正月には歳を・・・取るものですよね」

沖田は夢主の考えと自分の考えの何が違うのか、話が噛み合わず首を傾げた。

「えぇっ・・・たっ、誕生日は・・・」

沖田の誕生日はと問いながら、新年明けて一月一日が斎藤一の誕生日、そう言われていたのを思い出した。

「あぁああ!!」

突然の叫びに沖田は驚き、口元の手拭いを引き剥がした。

「どうしたんですか、お正月が何か・・・」

「お誕生日・・・」

夢主は両手で口を隠して呟き、沖田を見上げた。
どうしようと戸惑いの仕草だ。
 
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