斎藤一京都夢物語 妾奉公

□34.出立の時
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屯所で過ごす初めての正月。
用意された食事や正月飾りに新年を感じる。
しかし並んで座る皆はいつもと変わらない姿だった。

「今年も宜しくね、夢主ちゃん」

「はいっ、こちらこそ宜しくお願いします」

席に着くなり沖田と交わす新年の挨拶。
いつもと変わらない笑顔がある。今年もきっとこの笑顔に沢山救われるのだろう。
夢主は目の前の朗らかな笑顔に微笑み返し、それから周りの皆をきょろきょろと見回した。

「どうした」

「いえ・・・お正月はみなさん紋付袴とか着られると思っていたので・・・」

斎藤や沖田を始め、皆が楽な着流しの寛ぎ姿で座っている。
新しく下ろした着物でもなく、普段と全く変わらぬ装いだ。

「あははっ、まぁ正月くらいはって気がしますよね。夢主ちゃんにも晴れ着を着て欲しかったんですけども」

沖田はちらりと斎藤を見て続けた。

「面倒な事になるからやめろって誰かさん達が」

「達・・・」

「斎藤さんと土方さんですよ」

晴れ着は照れ臭く動き難い。わざわざ用意してもらうのも気が引ける。
夢主は気遣いに感謝して安堵の息を吐いた。

「ふん、明日から一人屯所に残すのにそんな恰好をさせて人目に晒し、何の得になる。危ないだけだろ」

心配されていると知り、夢主はえへへと笑って俯いた。嬉しくて何だか気恥ずかしい。

そうこうしている間に、珍しく近藤が座敷に姿を現した。堂々とした紋付袴姿だ。

「さすが近藤さんだなぁ!」

沖田が言うと、続いて土方も黒い紋付の袴姿で現れた。

「土方さんは相変わらず洒落てるなぁ〜〜同じ紋付なのに違って見える。あははっ」

局長と副長が上座に並んで座ると、幹部の皆が珍しく居住まいを正した。
近藤は男達の引き締まった顔を見回して新年の挨拶を告げた。

「旧年は江戸から京に上り、無事に役目を果たす事が出来た。おかげで新選組という立派な隊名を頂き、京の警護という任まで拝命した。この様に隊が成長したのは、ひとえに皆の努力の賜物だ。これからも皆で力を合わせて頑張ろうではないか。明日からは大坂で将軍様警護の大任だ。今日は羽目を外さずにしっかりと頼むぞ」

話が終わるとそれぞれ頭を下げ、新年の祝い酒を掲げた。

「夢主、お前は」

「分かっています」

酒を止める斎藤に対し、夢主は自分の酒をさり気なく膳に戻して微笑んだ。
場を眺めていると、皆と異なる存在感を放つ上座の二人の姿に目が向いてしまう。

「お二人とも袴姿が素敵ですね・・・」

呟きが聞こえたのか、土方が夢主を見てニッと笑った。
円熟した大人らしい笑みに思わず赤くなってしまう。

「お二人とも挨拶に回るんであの恰好なのさ。俺達が袴姿になったらお前も晴れ着を着なければならんだろう」

皆がいつも通りの姿なのは楽だからだが、斎藤がいつも通りなのは夢主を気遣ってだ。
周りに合わせて変に着飾る必要を迫りたくなかった。
 
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