斎藤一京都夢物語 妾奉公
□35.夜の闇へ
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大坂に到着した新選組。隊が落ち着いた頃、土方が斎藤を呼び出した。
「お前随分と暗い顔をしているな」
「それは・・・申し訳ございません」
指摘を受け斎藤は素直に頭を垂れた。
「謝ることぁねぇが・・・道中ずっと怖ぇ顔してるから、平隊士の連中が怯えてたぞ」
そんなに恐ろしい顔付きだったか。斎藤は目じりをピクリと動かした。自問する斎藤を土方は真顔で見据えた。
「お前、溜まってんだろう」
さらりと沖田と同じ事を言われ、斎藤は思わず、うぐと息を詰めた。
見て分かる程に己は顔に出していたのか。我ながら情けない。
「最近ずっと溜め込んでんだろうよ。時間ができたら遊んで来いよ」
土方は手をひらひらと振った。
「そんな事を言う為に呼んだのですか」
わざわざ一人呼び出され何事かと思えば、色事の話しとは。斎藤はやれやれと軽い溜息を吐いた。
私情を持ち込んで咎められると覚悟したが拍子抜けだ。しかし己の不甲斐なさに強く言い返す気も起きない。
「おいおい、真面目な話だぞ。斎藤、お前なんでさっさと夢主を抱いちまわねぇんだ」
「なっ」
突然の言葉に斎藤は顔を引き攣らせた。
これに関してだけは誰にも何も、口を挟まれる謂れはない。
「何を言うんですか突然」
「だってそうだろうよ。好き合ってんだろう。お前ぇら見てて面倒くせぇんだよ」
斎藤は一瞬言葉に詰まった。
「確かに好意的ではありますが・・・もうこの話はいいです。前にも似たような話をしたじゃありませんか」
「夢主に惚れてんのはお前だけじゃねぇんだぞ!気を惹かれてる奴まで含めたら、どれだけの男があいつを狙ってると思ってんだ」
そんな事を言われても、夢主が男の気を引く性質なのは自分の責任では無い。
斎藤はフンと鼻をならし目を逸らした。
「さっさと自分の物だって知らしめねぇと取られちまうぞ」
斎藤が土方を睨む。喧嘩を売られた気分だ。
「俺だってあいつから手を引いてるが、その気紛れがいつまでも続くと思うなよ、フン」
今度は土方が鼻をならして流し目に斎藤を睨んだ。
「まぁ、俺はあいつから手を引いたお陰で、憂さ晴らしの花街で、モテてモテて困っちまうくらいだからな。まさにお陰様って所だが」
土方の浮名はすっかり有名になっていた。
夢主に気を惹かれないよう、少しでも女が欲しくなればあっちでこっちで、至る色町で女達を虜にしている。
「そういう雰囲気になった事はねぇのかよ」
斎藤は細い目を更に細めて土方の目を睨み返した。
「ありますよ。大坂に経つ前にもありましたが、どなたかが見回りに来たもので、何も起きず無事に別々の床に入りましたよ」
「なっ、なんだ!あの夜か?!お前ぇ水臭いな、気にしねぇでやっちまえば良かったのに」
「そういう訳には行かないでしょう、あんな所で事に及んだら屯所中に響き渡りますよ」
斎藤は冷たい視線を土方に向けている。
屯所で事に至った心当たりがある土方は、苦い顔で斎藤から目を逸らした。