斎藤一京都夢物語 妾奉公

□37.手土産
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夢主は一人でも体を動かすのが日課になっていた。
ひゅっひゅっと軽めの風切り音が道場に響く。
沖田から借りている稽古着を身に着けて素振りをしていた。

一・・・二・・・三・・・・・・

沖田の声を思い出し、教えてもらった事をひとつずつ確認して稽古を行う。

一・・・二・・・三・・・・・・

心で数えながらひたすら木刀を振った。

・・・うふふ、悪くないねぇ

「っ?!」

夢主は反射的に振り返った。

「誰っ・・・・・・」

声が聞こえた気がした。
夢主は木刀を持ったまま、道場の中を入り口から天井まで隈なく見回した。
誰もいない。
ただ静かな空間が広がっているだけだった。
空気が張り詰めて感じるのは、自分が緊張しているからだろうか。

「気のせい・・・なの・・・」

ごくりと生唾を飲み込む。
不意に冷や汗が垂れているのに気が付いた。
木刀を持つ手は微かに震えていた。

「気のせい・・・だよね・・・」

恐怖心を抑えようと木刀を強く握り直し、震えを止めて稽古を切り上げた。


冷や汗と稽古の汗で体が冷たい。
夢主は真っ直ぐ部屋に戻って着替えを用意した。

先程の空耳が気になったが、道場から部屋に戻るまで、屋敷内はとても静かだった。
異様なまでの静けさに怖さを覚えたが、皆の部屋をひとつずつ調べて回る勇気は湧かなかった。

荷物を片付けながら、ふと斎藤の葛篭に目が行く。
暫く使われていない葛籠は静かに主を待っているようだ。

「もうすぐ帰ってくるのかな・・・斎藤さん達、二週間くらいだったよね・・・」

斎藤達を恋しく想い、鏡の引き出しを開けた。

「ふふっ・・・」

中にあるのは斎藤がくれた櫛と沖田がくれた紅。
二人の姿を思い浮かべて小さく笑い、引き出しを閉めた。二人を想う事で恐怖が和らぐ気がした。
立ち上がった夢主は着替えを始めた。
 
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