斎藤一京都夢物語 妾奉公

□38.知らぬままに
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気絶するように眠っていた夢主は朝、目覚めて体が幾らか軽くなっているのを感じた。
熱っぽさと気だるさは残るものの、昨晩の動けない程の辛さは無い。

部屋には膳が二つ置かれていた。
一つは緋村が既に食べ終えたものだ。

「食えるなら食っておけ」

昨日と同じ窓辺で緋村がちらと膳を見た。
膳には質素な粥が用意されていた。弱った体に配慮してくれたのだ。
すごすごと布団から出て膳の前に座る夢主は、まだ残る熱で顔がほのかに火照っていた。

「ありがとうございます・・・」

小さく礼を述べて匙に手を伸ばすが、布団から出た寒さで体が震える。

「っくしゅっ・・・」

赤みの残る顔でくしゃみをした夢主を見て、緋村は小さく溜息を吐いた。

「全く・・・いちいち手の掛かる人だ」

文句を言いながらも、暖かい上着を一枚手に取って夢主の元へ放り投げた。
顔も見ずに不愛想な振る舞いだが、弱った体を気遣っていた。

「すみません・・・ありがとうございます」

「・・・・・・」

緋村は反応を示さず、長い息を吐くだけだった。
夢主は借り物の上着に手を通し、温かい粥を口に運んだ。

日中に仕事は来ないのか、緋村は夢主と一日中行動を共にした。
ほとんど部屋で寝ていたが、厠へ行く時もしっかり付いてきた。
宿の者と会話をしないように、外へ飛び出さないように、渋々ながらも緋村は目を光らせていた。

それと同時に、飯塚か桂の訪れを待っていた。
緋村は長州藩邸に出向かない。
連絡をやっても良いが、まだ自分の中で判断が付き兼ねる。現状を踏まえて夢主を観察していた。

女の話を真に信じるべきなのか。
女が連れ込まれたのを桂は知っているのか。知らないならば、飯塚の身勝手な独断が桂の活動に悪い影響を与えまいか。
緋村は迷っていた。

体調を崩している事もあったが、夢主は一日中寝巻で過ごしていた。
着物が与えられないのは、逃走防止の為もあるのだろうと感じ、緋村は逃がしてくれないのだと落ち込んだ。
 
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