斎藤一京都夢物語 妾奉公

□49.池田屋事件
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元治元年四月某日、土方、沖田を中心として日野の名主富沢を送迎する宴が催された。

斎藤と夢主はこれに参加しなかった。
距離を置く斎藤に夢主も最後まで寄り添って行動した。

送迎の宴の翌日、土方がどこか切なげに、しかし嬉しそうに部屋から出て来た。
隊を仕切る鬼の存在にしては珍しい面持ちだ。気付いた夢主は声を掛けた。

「どこか行かれるのですか」

「あぁ?まぁな。富沢さんに・・・鉢金を託そうと思ってな」

「鉢・・・金」

「あぁ。俺が使ってたやつだよ、ほら」

「あっ・・・」

手に持つ包みを半分開き、中の鉢金を見せてくれた。
他にも手紙や日記らしきものが一緒に包まれている。
夢主には実物を見た記憶は無いが、土方の鉢金が残されていた事を思い出した。

「凄い・・・傷ですね・・・」

硬い鉄にも関わらず、幾つもの刀傷が付いている。
屯所でいつも皆を怒鳴る姿しか見ていないが、土方も前線で体を張って戦っているのだ。そんな現実を思い知らされた。

「お前は武具の類はあんまり見たことが無かったな。すまねぇ、嫌なもの見せちまったかな」

「いぃえっ・・・」

土方が苦笑いで包みを戻すと、夢主は真面目な顔で首を振った。

「知ることが出来て・・・よかったです・・・」

鉢金を見て抱いた気持ち、労りの言葉を呟いた。
戦いに身を置く現実も、その証である鉢金を故郷に送る素朴さも、知る事が出来て良かったと穏やかな土方を見つめた。

「そうか。すぐ戻るけどな、行って来るぜ」

「はい、お気をつけて」

いつもの眉をしかめた怖い副長の顔ではなく、どこか淋しげな素の表情を覗かせた土方。
夢主はそんな土方を送り出し、斎藤の部屋へ戻って行った。


「どうした。浮かない顔だな」

「いえ・・・土方さんも一線で剣を振るっているのですね・・・」

「急にどうした。土方さんは副長だ、当然そうなる」

「はぃ・・・」

皆同じなのだ。新選組の隊士は命を張って毎日戦っている。
夢主の知らぬ場所で、彼らは常に身を削り戦っているのだ。

「斎藤さん、」

「どうした」

「ご自愛・・・下さいね」

「フッ、急にどうした。怖くなったか」

「・・・そうかも・・・しれません。さっき・・・土方さんの鉢金を見せて頂いたんです。傷だらけで・・・あんな硬いものが傷だらけになるなんて・・・」

俯いて語る夢主は斎藤には大分参っているように見えた。
知る事が出来て良かった現実も、受け止めきれずにいる。

「フンっ、素直に言えるようになったじゃないか」

「えっ・・・」

「以前のお前なら、何でもありませんと俯くだけだっただろう。正直に言ってくれて構わんさ。並の女が男の戦いに慣れる方がおかしかろう」

「斎藤さん・・・」

「構わんさ、言えただけ偉いぜ」

そう言うと斎藤は気にする素振りも無くフフンと鼻で笑って見せた。
優しさに感極まった夢主は、泣き出しそうな笑顔で頷いた。

「・・・ありがとうございます」
 
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