斎藤一京都夢物語 妾奉公

□51.想い違い
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池田屋事件の後、褒賞金の騒ぎの最中も、僅かに落ち着き始めてからも、激しい捕り物劇は続いていた。

血の臭いを隠さなくなったのか、隠せなくなってきたのか、隊務が激しい夜、斎藤は血の臭いを纏って帰ってきた。
斎藤は自らに染み付いた血の臭いを気に入っていた。

しかし、褒賞金を受け取った日に犯した行いは過ちだと認め、二度としまいと自らに言い聞かせている。
それでも京の夜が与える濃すぎる血とその臭い、その味に喜びを感じ、自分の中で抑えられない熱が暴れだしてしまう。

深い闇の中で散々に血を浴びた夜は、己自身を抑える為、部屋に戻っても直ちに離れざるを得なかった。
一番守りたいものを自ら汚さない為、確実な選択をする。

頭を冷やして戻る夜もあれば、一人休息所で夜を明かす事もあった。
血が恋しく欲してしまう時もあるが、そんな夜は真剣で稽古をして気を紛らわせるか、水をかぶって文字通り頭を冷やすしかなかった。

夢主に斎藤自身の問題だと告げても、自分の存在が原因で苦しんでいると自らを責めるかもしれない。
斎藤は部屋を空ける理由を告げず、昂ぶる夜はひたすら夢主を避けていた。

斎藤の苦しみを知らぬ夢主もまた、斎藤が戻らない夜に思いを廻らせて苦しんでいた。


ある朝、夢主が目覚めると、部屋には微かに血の臭いが残っていた。

「斎藤さん・・・一度戻ったんだ・・・」

斎藤の布団は綺麗に畳まれ積まれたまま。
夢主は一人の部屋で着替えを済ませ、食事へ向かった。
廊下に斎藤の姿を探すが見つからず、座敷に入って見つけたのは沖田の姿だった。

「沖田さん・・・お早うございます、あの、斎藤さんは・・・」

「お早う。斎藤さんは・・・見てないや、ごめんね」

沖田が謝る必要は無いが、悲しそうな顔を前につい言ってしまった。
隊務では共に行動するが、屯所に戻ってからは別行動、行く先は知らない。

「そうですか・・・あの、夜はご一緒だったのですか」

「えぇ、一緒に巡察に出ていましたよ。一緒に戻って、それからは・・・ごめんなさい、分からないですね」

「そうですか・・・斎藤さん、様子どうでしたか、最近・・・殆ど姿をお見かけしていなくて・・・」

隣の手付かずの斎藤の膳に目をやり、切なげに沖田に視線を戻した。

「なんだか・・・斎藤さん・・・最近おかしいです・・・」

「そう・・・ですね」

沖田も空の席を見つめて声を沈めた。沖田には斎藤の苦しみとその理由が分かる。
しかし夢主を思えば、何も言えなかった。
そんな夢主と沖田の姿を、土方ら周りの者達も居た堪れない思いで見つめた。

昼時、斎藤が屯所に戻ってきた。
嫌な臭いは漂わせておらず、顔付きも目の色も随分と落ち着いている。
夢主はほっとして息を吐いた。

斎藤も安堵した嬉しそうな表情に目元を緩めてしまう。
それでいながら、申し訳なさから胸の奥は締め付けられていた。

「斎藤さん、おかえりなさい。なんだか・・・久しぶりな気がします」

「そうだな・・・空けてばかりですまない。変わりは無いか」

傍にいない分、夢主の様子がいつも以上に気に掛かる。
斎藤も出来ればずっとそばで見守りたいのだ。

「ふふっ、変わりありませんよっ。斎藤さんが戻ってきてくれて・・・嬉しいです・・・」

「そうか、・・・そうか」

斎藤は夢主の顔色を確認するように見つめて呟いた。
当たり前のように共に過ごしていたが、自分の不甲斐無さが理由で傍にいてやれないとは。情けない己を自嘲して口元を歪めた。

「今度の非番の日・・・一緒に過ごしたいです。・・・駄目でしょうか・・・」

何もしなくて良い、ずっと一緒に過ごす時間が欲しかった。
夢主は断られる不安を抑えて訊ねた。

「非番か・・・構わんぞ」

巡察の前後以外、気分は落ち着いている。昼を共に間過ごす分には問題ないだろう。
斎藤は自分の状態を冷静に見つめ、申し出を了承した。

「本当ですかっ!ありがとうございます!」

「フッ」

心の底から嬉しそうな夢主に、斎藤からも笑みがこぼれた。

・・・この笑顔が一番大事なものなの・・・か
 
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