斎藤一京都夢物語 妾奉公

□59.物は試し
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朝晩の暑さが薄れてきた季節。

庭に降りていた夢主は、隊士達が集まって楽しくはしゃぐ姿を見つけた。
隊士達が騒ぐのは珍しくないが、今回は何やら遠目に見ても"悪さ"をしているのが分かる。
ある隊士が墨のついた筆を高々と掲げていた。

「どうしたんですか、夢主ちゃん」

預かった洗濯物を持って戻ると、縁側にいた沖田が夢主に声を掛けた。

「沖田さん。あの・・・楽しそうだなぁって思ったんですけど、何してるんでしょうか」

夢主は再び隊士達の集まりに顔を向けた。
少し距離があり、はっきりとは分からない。
皆で何かを覗き込んでは顔を上げて大笑いしている。

「あぁ、あれはきっと近藤さんの悪戯書きを見て笑ってるんですよ」

「悪戯書き・・・」

「悪戯書きと言うのは如何なものかな、沖田君」

「斎藤さんっ」

洗濯物を抱える夢主を見下ろすように斎藤が部屋から姿を現した。

「以前、近藤さんが屋敷の雨戸に書をしたためんだ。悪戯書きとは失礼だぞ」

斎藤は沖田に視線を移して真顔で言うが、目元が僅かに笑っている。
改めて斎藤が騒ぎの元に目を向けると、沖田も斎藤から隊士達に目を移した。ふぅんと頭の後ろで両手を組んでいる。

「書ですかぁ。僕にはただの落書きに思えましたけどね、だって近藤さんずっと書の練習をしていましたもの。ただの試し書きにしか見えませんでしたよ。それにあれは・・・」

「まぁ、あれはただの悪戯書きだな。・・・周平か」

斎藤は腕組みをして、隊士の顔を確認してぽつりと漏らした。
近藤が書き記したと言う『書』のある雨戸の裏側に、新たに何やら書き足しているらしい。
周平と言う男が筆を動かすたびに、どっと笑いが起こる。

「周平・・・さん?」

「知らんか。谷・・・」

「近藤周平さんですよ、近藤さんが少し前に養子に迎えた青年です」

「あっ・・・」

斎藤が谷周平と告げようとしたのを、沖田が今は近藤であると正した。
その説明で夢主には全て通じた。

試衛館を継ぐのは沖田総司。
誰もが考えていたが、この時節、突然近藤がこの谷周平を養子に迎えたのだ。
とある藩主の落胤という噂を近藤が鵜呑みにしたなど、様々な憶測が残されていたが、本当の理由は分かっていない。

夢主は小さく口を開けたまま、複雑な思いなのではと、沖田の横顔を見つめた。
 
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