斎藤一京都夢物語 妾奉公

□60.恋文
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ある夜、斎藤の部屋には久しぶりにのんびりとした時間が過ぎていた。

「二夜の月、という言葉を知っているか」

一人縁側に座る斎藤が不意に訊ねた。
片膝を立てて姿勢を崩して寛ぎ、蒼白い月明かりで妖しく照らされている。

室内では夢主と沖田が顔を見合わせた。どちらに訊ねたのだろうと二人揃って首を傾げる。
訊ねた斎藤の顔は月の輝く夜空に向いていた。

夢主は斎藤とその向こうに広がる夜空を眺めた。

「ふたよの・・・つき、ですか。私は・・・初めて聞きます」

「そうか」

斎藤は夢主の顔を確認するとフッと口角を動かして笑み、すぐに視線を月へ戻した。

「二夜の月は八月十五日と九月十三日、この二日の夜の月を指す・・・まぁ名月のことだな。どちらも美しい月が見える日だ」

「へ〜それは知らなかったですね。斎藤さん意外と風流ですね」

沖田が感心して言うと、斎藤はフンッとどこか得意げに話を続けた。

「二夜のどちらかだけを見ることは不吉だと言う者もいるがな。夢主、お前はいつも寝る前に空を見上げるな」

「はぃ、夜空を見ると気持ちが落ち着くと言うか・・・心が洗われるようで好きなんですっ、ふふっ」

斎藤は夢主の話す姿を横目で見て、また月を見上げた。
夢主を見る為に斎藤の瞳が動くたび、きらりと光る。月明かりを美しく映す黄金色の瞳だ。
今宵は特に機嫌が良いのか、瞳はとても澄んでいた。

「そうか。ならばきっと先日の十五日の名月も見ているだろう。次の名月は九月十三日」

目の端に一瞬沖田を捉えてから、斎藤は夢主に視線を移した。

「共に見るぞ」

「はっ・・・ぃ」

「フッ」

満足そうに大きく頷いた斎藤は再び月を眺めた。

夢主は、斎藤が月を見るのは嫌いじゃないと言った言葉を思い出した。
隊務に忙殺される日々の中、僅かな安らぎの一つなのだろう。
そして、明日が見えない日々での『約束』は夜を超える力になる。
大きく微笑んで夢主も頷き返した。

「絶対ですよ、斎藤さん」

「あぁ」

ちらと瞳を動かし黄金色の光を見せて、斎藤はまた夜空を見上げた。

その時、沖田がくいくいっと夢主の袖を引いた。
あまりに気分良さそうな斎藤に遠慮したのか、小さな声でひそひそと話し掛けてきた。

「ねぇ、夢主ちゃん」

「ふふっ、もちろん沖田さんも一緒にですよっ」

夢主が微笑むと沖田も満足そうに頷いた。
 
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