斎藤一京都夢物語 妾奉公

□60.恋文
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月見の約束をして間もなく、先に江戸へ向かった藤堂に続き、近藤や永倉達も江戸へ出発した。
ふた月近く壬生の屯所から離れることになる。
近藤は日頃から休息所である妾邸にいる時間が多く、土方が屯所を仕切っていたが、近藤が江戸に向かったことで、その責任はますます大きくなった。

季節は過ぎ、涼しい風が部屋へ吹き込んで来るようになった。
こんな日は熱いお茶が美味しいだろうと、夢主は三人分の熱いお茶を淹れた。

「斎藤さん沖田さんの分をこちらに置いておきますね」

「あぁ、すまんな」

「ありがとう!・・・その一つは夢主ちゃんのじゃないの?」

盆に湯呑みが一つ残っている。
よく見れば夢主がいつも使う湯呑みではない。

「あ、これは・・・たまには土方さんにもと思って・・・」

「そうでしたかっ」

「そういえば土方さんも熱い茶が好きだったか。フン、喜ぶだろう。最近特に根を詰めているようだからな。冷める前に届けて来い」

夢主は促されるとコクリと頷き、土方の部屋へ向かった。


「土方さん」

「おぅ」

短い返事を聞いて障子をそっと開くと、土方は机に向かって何やら思案中だった。
小さく唸っては首を傾げている。
夢主が中に入っても机の上から視線を外さない。

「あの、お茶をお持ちしました・・・」

机に置いて良いものか。土方の反応を待っていると、ようやく夢主に目が向いた。
体は机に向かったままだ。

「茶か。ありがてぇ。ちょっと考え事してたんだよ」

「はぃ・・・」

何をそんなに必死で唸っているのか、夢主にも不思議だ。俳句を考えている様子ではない。

「机に置いても大丈夫ですか・・・」

「あぁ」

夢主が近寄ると土方は机の上を片付けようとしたが、すぐにやめて小さく笑った。

「夢主に隠すこともねぇか。何でも知ってるもんな、お前ぇは」

「そんなことありませんけど・・・」

そう言いながら湯呑みを置き、ちらりと机の上の紙に目をやった。

「ふふっ、安心して下さい土方さんっ、私にも分かりません・・・だって、読めませんから・・・」

夢主はくすくすと笑った。
土方は字が汚いと言われたのかとムッとしたが、すぐに字体のせいだと気が付いた。

「読めねぇもんか」

「そうですね・・・あ、」

土方がもう少し良く見てみろよと、見やすいように少し仰け反って自分の体を避けた。
覗きこんだ夢主は嬉しそうに書面のある部分を指差す。

「斎藤さんの名前があるのが分かりますっ。一・・・ふふっ」

「ははっ、あいつの名前は確かに見つけやすいな」

どうやら書いてあるのは隊士達の名前。
傍には隊士達の並びや陣らしきものを記した紙も広がっている。
 
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