斎藤一京都夢物語 妾奉公
□61.字比べ
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「おはようございますっ、斎藤さんっ」
ひんやり冷たい朝の空気の中、既に目覚めていた夢主は斎藤が布団から動き始めたのを見計らって声を掛けた。
「あぁ。・・・早いな、珍しい」
「ふふっ、確かにいつもより早いです。朝一で斎藤さんを捕まえようと思っていたんです。起きたらすぐ朝のお稽古だからその前にって・・・そしたら早く目が覚めちゃいました」
嬉しそうに衝立から顔を覗かせる夢主はもちろん寝巻姿のままだ。
「どうしてもお聞きしたくて」
「ほぉ」
夢主が上目遣いで縮こまって差し出す文を見て、斎藤はまだ何か聞き足りないのかと腰を下ろした。
昨日の言葉で既に納得して満足していると思っていた。
「何だ」
「あの・・・昨日教えてもらった言葉、とても嬉しかったですっ」
夢主の素直な表情に、斎藤はフンと目を逸らして腕を組んだ。
斎藤は照れを誤魔化すのもすっかり上手くなっている。
「それで、文を眺めていたら・・・なんだか字が余る気がして・・・」
文の字を目でなぞり終えると、再び目だけで斎藤を見上げた。
昨夜教えてくれなかったのだから、きっと今朝も教えてくれないと心の準備はしている。
「気付いたか。それは褒めてやろう、よく見ているじゃないか」
「えへっ・・・それで・・・なんて書いてあるんですか」
夢主は大きく首を傾げて訊ねた。
「フン、分かっているんだろう、最後ぐらいは自分で読んでみろ」
「あぁ・・・そうだと思いました・・・あの、斎藤さんっ!」
「何だっ」
度重なる夢主の問いかけに斎藤も僅かに苛立ちを見せた。
早く着替えて朝稽古に出向きたい。
「ごめんなさいっ、あの、字が読めるように勉強したいんです・・・」
斎藤は夢主の申し出に、予想していなかった・・・そんな顔を見せた。
「読み書きか」
「はぃ。特に読む方・・・書くのは皆さんに伝わっていたみたいですし・・・正直、これから一人で生きていく時が来たら・・・字が読めないと。斎藤さん達の居場所も掴めないかもしれないですから・・・」
「確かにそうだ」
そこまで考えてのうえかと、斎藤は俄かに驚いた。
戦の中、本気で一人で生き抜くつもりなのかと驚いたのだ。
「分かった。読みやすい本を探しておく。時間がある時は付き合ってやる。沖田君や皆も心得はある。土方さんにも話を通しておこう」
夢主の真摯な気持ちに応えるべく、斎藤も学ぶ手筈を整えると約束した。
「これからの朝稽古、丁度いいから進言しておく」
「はぃっ、ありがとうございます」
にこやかに微笑むと、夢主は文を持って衝立の奥に戻った。
斎藤はようやく着替えを始めた。
朝稽古で斎藤が部屋を出ると、夢主も着替えを済ませ、またも文を眺めていた。
「斎藤さんの字が読めるようになるんだ・・・ふふっ」
勉強は嫌いではない。
大好きな斎藤達が書く字を学ぶと思えば嬉しくて仕方が無かった。