斎藤一京都夢物語 妾奉公

□63.伊東甲子太郎
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月見明けの朝、斎藤は寝ている夢主を余所にひっそりと呼び出され、土方の部屋にいた。

「全く、夜の屯所に酔った女の声が響き渡るなんざ、どう考えたっていい影響を与えねぇだろう」

「仰る通りで」

渋い顔で土方から目を逸らす。
夕べ少し騒ぎ過ぎた咎めを受けていた。

「まぁ勝手に騒いだのはあいつで、酔ったあいつはかなり面倒だと聞くがな」

「手がつけられなくなりますね」

ニッと嬉しそうに顔を歪ませる斎藤に、土方も歪んだ笑いをお返しした。
太夫の件で一度島原で酒席を共にした土方も、夢主が乱れるのを恐れて強い酒ですぐに眠らせてしまった。
どのように酔っていくのか、その姿は知らない。

「呑ませ過ぎるなよ」

「承知」

表情を変えないまま斎藤は短く返した。

「だが昨夜は俺も面白い月見が出来たぜ、夢主があんなに騒ぐなんて、酔いでもしなけりゃ無ぇからな。あいつの元気な声も肴になるってもんだ、ははっ」

「面白い月見で一句、出来たんじゃありませんか」

「うるせぇよ」

斎藤の冗談を一蹴するが苦笑いの土方だ。

昨晩、土方のように何人かが夢主の楽しげな声を聞き、酒を楽しんでいた。
よく晴れた夜、澄んだ月を眺め、聞こえてくる夢主の笑い声。心に大きな余裕を与えてくれる良いものだった。

「沖田君が山南さんと月見をしたようですよ」

「そうか、総司が」

「えぇ。副長は山南さんに会いに行かないのですか」

この頃、土方と山南は新選組の今後についての考えがずれ始めていた。
それでも意見を求めるのは、土方が山南を認めているからだ。
斎藤の問いに、土方は素直に顔を曇らせる。

「そうだな・・・顔を合わせると言い争いになっちまうからな。あいつは好きだが、新選組の為に譲れねぇもんは譲れねぇんだ」

「そうですね」

土方の隊務の上での辛い胸の内をたまに聞いてやるのも斎藤の仕事だった。

局長の近藤にまさか弱音や迷いは聞かせられない。影響を受けやすい近藤は自らも揺れてしまう。
仲が良い沖田は刀以外、隊の内情には首を突っ込みたがらない。
指示が出れば幾らでも動いてくれるが、小難しい話は嫌なのだ。ましてや慕う山南のことなど話せはしない。
頼れる井上は人が好く顔に出やすい。巻き込むわけにはいかなかった。

必然的に口が固く信頼が置け、腕の確かな斎藤が聞き役となっていた。
斎藤は周りが思う以上に分別があり、意見を求めれば的確に応えてくれるし、通したい考えがあれば黙って力を貸してくれる。
土方にとってこれ程ありがたい存在は無かった。
 
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