斎藤一京都夢物語 妾奉公

□64.雪の帰り道
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その日は朝から薄暗かった。空には分厚い黒い雲がかかっている。
それでも時間が空いたのだからと、斎藤は夢主を連れ出してやった。酒屋を覗き、湯屋へ行き、温まって帰るつもりだ。
夢主の横を沖田も共に歩いている。沖田には土方と同様、頼れる人物の捜索とだけ伝えてあった。

「寒いですね・・・」

夢主は一人綿入りの上着を羽織っていた。
けれども体の芯から熱を奪われる冷たい空気に包まれている。

「大丈夫ですか、もっとそばに寄っても構いませんよ」

沖田がくっついて歩けば暖かいよと揶揄うが、夢主は笑って断った。

「あははっ、残念ですっ!」

笑って夢主を見る沖田の向こうに、こちらを見ている女の姿が目に入った。
寒いにもかかわらず何をするでもなく外に立っている。

一人ではない。
気付けばちらほらと見ている者がいる。一人で立つ者、窓の格子越しに覗く者、はしゃいで二人三人でこちらを見る者・・・
今まで気が付かなかったが、こうして改めて見ると成る程、確かに新選組の幹部は京の若い娘達に人気があるようだ。

斎藤にも沖田にも、熱い視線が注がれていた。

いつも目の前の斎藤の背中を追いかけ、隣りの沖田と談笑しながら風流な町並みに目を奪われるだけだった。
恋文を沢山受け取ると話を聞いて、ようやく町娘達の熱い視線に気が付いた。

「沖田さん・・・」

思わず小声になる。

「どうしましたっ?」

「沖田さん達、本当に皆さんのお心を掴んでいらっしゃるのですね・・・」

「えっ?」

夢主が自分の向こうに視線を向けて小声で話すので、沖田もつられて振り返った。

「きゃぁぁっ!」

「沖田様ぁっ!」

目が合ったと思われる女が二、三人、飛び上がるようにはしゃいだ。

あぁ・・・と気が付いた沖田は丁寧に手を振ってやった。
京の治安を守る自分達なのだから、京の人達は大切な存在だ。むげには出来ないと愛想よく振舞っている。

「フン」

斎藤は背後の様子を察知すると、気に入らんとばかりに鼻をならした。
そんな冷たい態度に胸を高鳴らせる女もおり、道の端、胸の前で握るように手を組んで、斎藤に熱い視線を送る女もいる。

夢主は無数の視線を感じ、急に萎縮してしまった。隣りを歩くことが申し訳なく思えたのだ。
黙って俯く夢主を気に掛け、沖田は優しく声を掛けた。

「気にすることありませんよ、今まで通りの夢主ちゃんで構わないんですよ」

「はぃ・・・ありがとうございます」

斎藤も僅かに振り返って頷いて見せた。
二人の後押しで、何も気にしなくて良いのだと気を持ち直すことが出来た。

しかしその様子を快く思わない娘もいたらしく、夢主と目が合うとキッと睨みつけて去って行った娘がいた。
見事な柄が織り込まれた着物を着て、下女らしき女が後ろに二人ついていた。
立派な身なりだが武家の娘には見えない。どこかの豪商の娘だろう。

「あ・・・」

「どうしたの?」

「いえっ・・・」

娘と下女達はすぐに姿を消した。ただのやきもちからくる視線だと、夢主も気にしなかった。
やきもちは同じ女として痛いほど分かる。責められる感情ではなかった。
 
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