斎藤一京都夢物語 妾奉公

□66.差し向かい
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斎藤と並んで歩く伊東は、高貴な色とされる紫の羽織りを纏っていた。
袴は伊東の顔付きと似た澄ました白色。はたから見れば武士らしからぬ色の組み合わせ。
そしてこの男の好みなのか、手には扇を持っていた。

そんな様子の伊東を横目で捉えると、斎藤はやれやれといった思いが湧いてきた。

・・・扇姿で歩くとは毛色は違えど芹沢のようだな。いや、違わないのか・・・

咄嗟の際に抜刀の邪魔となる扇を手に歩くさまを、斎藤は良しとしなかった。

「斎藤さん、貴方歌は詠みますか」

「歌」

口を開いたかと思えば飛び出してきた言葉に、斎藤は眉をひそめた。

「歌は詠みませんね。土方さんは嗜なむようですよ」

伊東には必要ないと分かっていながら、斎藤は土方の趣向を伝えて苦笑した。

「今は貴方を知りたいのですよ。歌はなさらないのですね。それなら今から島原へ出向くのも無粋ね・・・」

伊東は日の高いうちに島原へ入り、斎藤と歌の詠み合い、日が暮れるのを待とうと思ったのだ。
日が暮れたら、いよいよ酒の始まりだ。
伊東は文人のような遊びを好んでいた。

「それでしたら、京の町を案内していただけませんこと。私まだこの町を把握しておりませんで」

扇で口元を隠して話す伊東。
時折妖艶な目つきに変わるのには斎藤も驚いた。

「構いませんよ、貴方のことですから京の町くらい歩き回っていると思ったんですがね」

「ほほほほっ!確かに。幾度かは歩いたわ。でも私は巡察にも出ないし、隊務で歩き尽くしている貴方の案内で歩きたいのよ。構わないかしら」

突然立ち止まって高笑いをした伊東だが、斎藤と共に歩く意義を力説した。
にやりと微かに顔を歪めて、常時抑えている殺気を体の奥から漏らし、斎藤に浴びせる。

「フッ、いいでしょう。伊東さん、貴方もなかなか面白い人だ」

「斎藤さんに気に入っていただけるなんて光栄だわ」

伊東は斎藤の足先から鋭い瞳まで、さらりと一瞬のうちに目で辿り、「ふふっ」と妖しげな声を残して歩き始めた。

巡察の経路はおおよそ決まっている。
しかし不審な影を見かければ後を追い、また気まぐれな幹部も多いが為に、各隊の組長の思いつきで別の道を通ることも少なくない。
斎藤はその説明を加えながら町を案内した。

「この路地は二条通りへと続く。抜ければ二条城が近い」

「あそこの通りでは何度か不貞浪士を捕縛した。潜みやすいのだろう」

「藩邸の並ぶ道への近道だ。浪士が逃げる時によく使う。回り込めば挟める路地だ」

斎藤は隠さず日々の巡察で得た情報を伊東に伝えた。
 
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