斎藤一京都夢物語 妾奉公

□69.あの人の好きなもの
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夢主は声を聞いていた。
頭の中で、誰かが話し合っている。
笑っているの・・・あぁ永倉さんと伊東さん。
あれ、私は一緒にいないのかな、ふたりともこっちを見ない・・・

ふわふわと揺れる夢の中で、薄っすら思い出されていたのは、夕べの宴。

・・・あ・・・永倉さん行っちゃうんだ、行ってらっしゃい・・・あ、伊東さんがこっち見たよ、笑ってる・・・

にこやかな伊東に酒を注がれては口に運ぶ仕草を繰り返した。

・・・あ、何度かお酌してもらったんだ・・・なんだろう、後は覚えてないなぁ・・・伊東さんて、思ったより優しいのかな・・・

目の前の落ち着いた微笑み、伊東の顔がちらちらと揺れている。
やがて砂嵐に覆われるように伊東の顔が揺れて、ざらざらと消え始めた。

・・・伊東さん、どうしたのかな・・・

次第に見えなくなる伊東。
あぁ消える、夢主が感じた刹那、穏やかだった伊東の目が獣の目に変貌した。
怖ろしい目が本物なのか確認する間もなく、消え去った。

「あっ!」

気付くと、いつもの布団で飛び起きる自分がいた。

「起きたか、随分と元気だな」

「そっ・・・そんなことは・・・」

夢主の顔が見える場所で、斎藤が様子を見ていた。
飛び起きた姿を笑うが、安堵している。

「フッ、冗談だよ。大丈夫か、うなされていたぞ。伊東さんとのことは覚えているか」

「伊東さんとの・・・お酒、頂いたことですか」

・・・危ない薬を仕込まれ動きを制された、覚えていないのか・・・そうか・・・

斎藤は小さく息を吐いた。
厄介だな、そう呟きたかった。

「忘れているほうが都合が良いか」

「えっ」

「いや、何でもない。伊東さんが強い酒を間違えて酌してしまい、すまなかったと言っていた。それから、永倉さんも中座してすまなかったとな」

「永倉さん・・・」

「あぁ、酔って気分の良い所で伊東の手下に無理矢理連れ出されたんだよ、俺達が戻ったから席を変わってやれと吹き込まれてな。まぁ、永倉さんを責めたければ責めればいい」

「そんな、永倉さん・・・仕方ありませんし・・・それで私と伊東さん、何か・・・」

気掛かりは永倉より伊東との間に何かあったのか。それが知りたい。
夢主は怖々と斎藤の様子を窺った。

「何か覚えているか」

夢にうなされ飛び起きたのは、覚えていなくとも記憶のどこかに何かしら残っているのだ。
斎藤は思い出すか促してみた。思い出すなら俺の前で思い出せと。忘れているならいっそ伝えぬ方が良かろう、そうも思いながら。

「伊東さんとお話して・・・あっ、斎藤さんのお話をしました」

「ほぉお」

俺の話かい、と斎藤は眉を動かした。

「あの人がお前に俺の話をするとは」

「はい・・・確か・・・お世話がどうとか・・・」

「あぁ、お前を世話していると奴に伝えたからか」

「そうなんですね・・・あの・・・」

斎藤の保護下にいる自分の身を思うと、嬉し恥ずかしと頬が色付く。

「お世話になっているとか・・・しているとか・・・その辺りで記憶が曖昧で、何か大変なことを言ってた気がするんですけど・・・」

「大変なことか」

「はぃ、大変な・・・あぁ大変って思ったんですけど、思い出せません・・・」

「フン、仕方あるまいな」

伊東は夢主の世話を引き受けると話していた。
本人にもその話をふっかけたのだろう。

「忘れていて構わん話だろう、気にするな」

「はぃ・・・」

その話だけは絶対に譲らん、斎藤の真情だった。
 
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