斎藤一京都夢物語 妾奉公

□71.想いはまだ
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大晦日。
稽古が終わり、いつも通り巡察に出る隊士達。
残りの者達は一年最後の日を新年にかけてを楽しもうと、すっかり浮き足立っていた。
まだ日は高い。
斎藤は喧騒をよそに、静かな部屋で書物に目を通していた。
隣で夢主も借り物の論語と、斎藤と沖田が書いてくれた写本を並べて目を通している。

「相変わらずここの連中はめでたいな。こんな時ほど騒ぎや不穏な動きに気を配らねばならんというのに」

ふぅ、と溜息混じりの息を吐いた斎藤の前で、夢主が申し訳なさそうに苦笑いした。
外からは確かに度が過ぎた賑やかな声が聞こえてくる。

「あの・・・私も浮かれていいですか」

「なんだ、騒ぎたいのか」

騒がしいことは寧ろ苦手だろうと斎藤は眉間に皺を寄せた。

「いえ、そうではなくて・・・一日早いんですけど、斎藤さんの・・・お誕生日をお祝いしたいんです」

「なっ」

反射的に斎藤は眉間の皺を深めた。
だが目の前で 面はゆそうに己の顔色を窺う夢主に照れ臭さを感じ、顔の力みが取れて行った。

「明日はお忙しいかもしれないですし、今ならお時間が・・・」

「ぉほんっ」

わざとらしい咳払いを一度聞かせてから、斎藤は夢主と目を合わせた。

「お前がしたいなら、好きにしろ」

「はっ・・・はぃっ」

夢主は満面の笑みを湛えて頷くと、読んでいた書物を片付けた。

「あの、私準備してきますから・・・斎藤さん、絶対にお部屋にいてくださいね!」

「あぁ、わかったよ、行って来い」

仕度に向かうので部屋に残っていてくれと頼まれた斎藤は、茶化さすに頷いた。
思い返せば夢主は朝からどこかそわそわと落ち着かなかった。
ずっとこの機会を待っていたのだと思うと、先程の笑顔にも納得だ。

「やれやれ、阿呆が」

夢主の出て行った障子戸から目を離し、再び書物に目を通した。
外からは相変わらず男達の大きな笑い声が響き、騒がしい様子が伝わってくる。

「年に一度の無礼講、か」

ぱさりと本を閉じ、部屋の外を覗いた。
夢主もすぐには戻らんだろう。庭で騒ぐ隊士を眺めながら屯所の入り口に足を運んだ。

門前では誠の隊旗を持ち出して振り回す隊士がいる。

「ど阿呆ぅめ・・・」

斎藤の姿を見つけるが、隊士達は会釈するだけで騒ぎを続けた。
八木邸からも賑やかな声が聞こえてくる。
周りに分宿する隊士達も壬生寺に集まり騒いでいるようだ。

「よぉ斎藤、お前も騒ぎに入りに来たのか」

「原田さん」

「おっ、ひとりか」

原田は斎藤の背後を覗き、夢主がいないのを確認した。

「あぁ・・・外には出ませんよ」

「何だ斎藤」

何やら途中で口を閉ざした斎藤に、原田はにやりとした。

「何ですか」

「いやぁ〜・・・斎藤も丸くなったな、とよ。ぎらついた刃みたいな目しかしなかったお前がよぉ、と思ってな」

「フン、ならば研ぎ直すまでですよ」

丸くなったといわれ若干渋い顔を見せた斎藤。

「ははっそんなに怒るなよ。俺はそんなお前もいいと思ってるんだぜ、腕は鈍るどころか磨かれてるしよ」

だからなんだと斎藤は小さく舌打をした。
原田の言いたいことは分かるが、指摘されると若い斎藤にとって気持ちのいいものでは無い。

「悪かったな、気を悪くしたか」

「構いませんよ」

「その若さで誠実じゃねぇか」

「原田さん」

手元に刀がないのが口惜しいとばかりに、ぎろりと原田を睨んだ。

「わかったわかった、冗談が過ぎたよ謝るぜっ、夢主によろしくな!」

何故そこで夢主が出てくるのか、説明されなくとも分かるが不愉快さは残った。

「外に出るんじゃなかったな」

辺りを見回して斎藤は部屋へ戻っていった。
 
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