斎藤一京都夢物語 妾奉公

□72.重ねる望み
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賑やかな人の間をぬって、夢主と斎藤は壬生寺の境内を進んだ。
二人は言葉を発せず、ただ連れ立って歩いている。

二人を見つけ頭を下げる隊士達に、斎藤が目配せで挨拶を返す。
その後ろで遠慮がちに、はにかんで会釈をして通る夢主。

幾人かの隊士は挨拶をしながら、何やら二人の間の不思議な距離を感じていた。
平生と異なる目に見えない違和感だ。

人混みに紛れ、二人は本殿に近付いた。
無言で手を伸ばした斎藤が、そっと賽銭を夢主に手渡す。
ほんの少しだけ触れた指先が、逃げるように引き戻された。その仕草に夢主の胸が締め付けられる。
受け取った銭を落とさないよう、手を握った。触れた指の感触を打ち消さないように、そっと。

斎藤は賽銭を渡すと一人で先に一揖し手を打ち、お参りを始めた。

・・・何を祈ってるんだろう・・・

手を合わせて静かに礼をしている斎藤の珍しい姿、大きな背。
斎藤の祈りは、願いは何か。
考えても浮かばず、夢主は自分も手を合わせた。
どうか皆が無事に新時代を迎えられますように、歴史が良い方向に向かいますようにと。

お参りを済ませると、斎藤はゆっくりとだが突然、夢主に向き直った。
会話を避けていると感じていた夢主は驚いた。

「少し、風に当たっていくぞ」

「はぃ・・・」

消え入りそうな声で返事をすると、人混みをすり抜け、僅かに人の少ない辺りへ進む。

「さすがに混んでいるな」

「はぃ」

斎藤は何事もなかったようにいつもの調子で話した。
腕を組んで行き交う人々を眺めている。

「あの・・・斎藤さん」

名を呼ばれ、斎藤は腕組みをしたまま、ふっと顔を夢主に向けた。
意識しないよう敢えて心を無にしているのか、表情から一切の感情が消えている。怒っているのか、冷静なのかも分からなかった。

「斎藤さんっ・・・その・・・」

夢主は聞きたいことを上手く言葉に出来ず、まごついた。

「やっぱり、男の方は・・・そういう・・・あれが・・・」

「何が言いたい」

境内の灯りがあるとは言え、隅に立つ二人の顔には影が出来ていた。
夢主の顔が赤らんでいることは斎藤に伝わっているだろうか。

「おっ、男の方は・・・好きな人と肌を・・・すぐにでも重ねたいものなのでしょう・・・か・・・です・・・よね・・・」

斎藤は再び「何が言いたい」とばかりに眉間に深い皺を作った。

「何言ってんだ当たり前だろう、そうじゃない男など見たことがない。男はみんな女を想って抑えているんだよ。さぁどうぞと言われたら、そうなるだろうよ」

当たり前のことを聞くな、言っていて恥ずかしくはないのかと、斎藤が苛立っている。

夢主は眉尻を下げて申し訳なさそうに頷いた。
その様子に斎藤は世間的な話ではなく、俺はどうなのか、斎藤自身の答えを聞いているのかと改めて夢主の顔を確認した。

俯く夢主、今にも泣き出しそうに目元が震えていた。

・・・無理を・・・しようとしているのか・・・

「まぁ、理由があってそう出来ない場合も・・・あるだろう」

ゆっくり話す斎藤の落ち着いた低い声に、夢主はそっと顔を上げた。
刺々しさは消えていた。

「女に無理を強いるのは男として辛いものだ。そう出来ない時ならば・・・待つさ」

言い終わり夢主を瞳に捉えると、相変わらず申し訳なさそうな顔をしていた。
健気に斎藤を見上げている。

「惚れた女を待つとは、男冥利に尽きるってもんだ」

悪戯に笑って見せるが、小さく頷く夢主は強張った顔のままだ。

自分の気持ちを告げたわけでなくとも、通い合っていると感じる互いの想い。
それでも肌を許さない夢主は自分自身を責めているのか。
斎藤は一歩夢主に体を寄せた。

「気に病むな、お前が決めればいいことだ。誰も責めたりはしない、大切なものだろう」

・・・違うか?そう首を傾げて、斎藤はそっと夢主の髪に手を触れた。

「お前の全ては、お前が決めれば良い」

斎藤は撫でる手を滑らせ、頬を通り過ぎると、そっと唇をかするように触れ、手を離した。

「・・・すまん」

己の手を夢主から遠ざける為、斎藤は体を人混みに向け、再び腕を組んで喧騒を眺めた。
寺の鐘が人々の声に混ざり鳴り響いている。
 
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