斎藤一京都夢物語 妾奉公

□73.籤吉凶
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まだ空が白む前、夢主は不意に目を覚ました。
布団から体を起こし、部屋を出ようと衝立の向こうへ出ると、手酌の猪口と銚子を手にしたまま、こちらを見ている斎藤と目があった。
珍しく自分の黒い半纏を着ている。

「斎藤さん・・・まだ起きていたんですか」

「あぁ・・・酒が尽きたからな、もう寝るさ」

「そうですか・・・あの、ちょっと・・・行って来ます・・・」

言葉を濁して厠へ向かう夢主、斎藤はその様子を眺めた。

「酒が残ってるのか」

恥ずかしさの為か、夢主の動きが僅かにふらついていた。

「大丈夫か」

空になった銚子を振って斎藤は呟いた。

間もなく戻った夢主、部屋に入るなり斎藤を見てにこりと頬を緩めた。

「おい、ふらついているな」

「えっ・・・そうでしょうか・・・」

眠たい体で動くからそう見えるのか、夢主はそんなことありませんよと首を傾げた。

「大丈夫か、酒が残ってるんじゃないか」

「大丈夫です。斎藤さんもそろそろお布団入ってくださいよっ」

ふふっと斎藤をたしなめると暖かい布団へ戻った。
顔が火照っている気もするが、言われた通り酒が残っているのだろうと気に留めなかった。

暗い部屋の中で夢主の顔色までは分からなかった。
いつも通りの笑い声に安堵し、ようやく酒を片付け始めた。
外ではまだ動いている者がいる。男達の威勢のいい笑い声が聞こえてきた。

「朝まで続きそうだな」

フッと短く笑んで、布団へ移動した。
緊張を忘れ笑っていられる夜もたまには良いだろう。隊士達の無礼講に目を瞑り目を閉じた。
夢主も斎藤も、朝の賑わいで起こされるまで眠りに付いた。

穏やかな眠りが続くと思われたが、それは突然の朝だった。
外からの声で起こされてしまった。

「夢主ちゃぁーーんっ!!お早うございます!!」

「っ・・・沖・・・田さんっ・・・」

大きな声に目を擦って体を起こす夢主。
障子戸に目をやると不機嫌そうな斎藤が立っており、険しい顔で戸を開く所だった。
一晩いなかった男が朝っぱから部屋を荒らしに来たなと舌打ちをした。

「ちっ、何だ騒々しい」

「あはははーーっ明けましておめでとうございます!で、失礼しますよっ!」

ついでのような挨拶を一言述べると、沖田は不躾に斎藤の部屋に入ってきた。

「おはようございます!はい、これ夢主ちゃんの」

衝立から出て座る夢主に押し付けるように、細長い紙を渡した。
手渡された紙の裏表を夢主は確かめた。

「・・・お札・・・?」

「御神籤ですよ、御神籤!夢主ちゃんの分です」

「えっ、私の・・・」

沖田がにこにこと頷いている。
その時、壬生寺から沖田を追いかけてきた原田と永倉がやって来た。

「おーーっ、夢主、起きてるか」

「はぃ・・・」

「起こされたんだがな」

立っていた斎藤も夢主のそばに腰を落とし、御神籤といわれた紙に目をやった。

「ははっ、まぁいいさ。総司がお前の為の御神籤引いたって聞いたから面白そうだと思ってよ、見に来たぜ」

一気に騒々しくなった斎藤の部屋。
原田と永倉も夢主の手元を見ようと寄ってきた。

「ありがとうございます、凄く引きたかったんです御神籤!でも・・・沖田さんに引いてもらったのなら、沖田さんの御神籤なんじゃ・・・」

斎藤と壬生寺を去る時、後ろ髪を引かれていた。
渡された御神籤を大事に持っている。

「いえいえっ。夢主ちゃん、夢主ちゃん、夢主ちゃん〜〜!って念じながら引きましたから大丈夫です!」

「あはっ・・・ありがとうございます・・・」

懸命に夢主の名を呼ぶ姿を再現をした沖田の可笑しさに苦笑いしてしまう。
目をきつく閉じて手を合わせる姿は祈祷でもしているようだ。

「読んであげましょうか」

「あっ、待ってください・・・頑張って読んでみます・・・」

勉強の成果を少しでも確かめたい。
慣れない字体で書かれた御神籤に改めて目を落とす夢主を、男達は静かに見守った。
 
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