斎藤一京都夢物語 妾奉公

□74.其々の退けぬ夜(それぞれの ひけぬよる)
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その報せは突然伝えられた。
山南敬助、壬生屯所を脱走。

斎藤の部屋にも使いがやって来て、それは知らされた。
夢主を残して斎藤は土方の部屋へ。
同時刻、沖田も呼び出されていた。屯所にいた幹部は皆、呼ばれていた。伊東甲子太郎を除いて。

「嘘だ・・・山南さんが脱走だなんて!!嘘に決まっています!!」

幹部達の中でも山南を一番慕っていた沖田が顔面を蒼白にして土方に詰め寄る。

「間違いねぇ・・・間違いだと信じたいなら、総司。お前が行って連れ戻して来い。理由があるなら俺は・・・話を聞く」

そうでないならば・・・
土方の目は本気そのものだ。

「もし逃げようとすれば・・・分かるな、総司」

「っ逃げたりなんか、山南さんは逃げたりしませんっ!!」

頭に血の上った沖田は怒鳴りつけた。
山南の濡れ衣を自分が晴らしてやる、立ち上がった沖田は、重い声で土方に問いただした。

「どこですか、どちらへ向かえばいいんです」

「江戸に戻ろうとしている・・・そんな情報がある。京から東へ・・・東海道を行け」

「分かりました。馬を借ります」

沖田は横目に斎藤を見て、夢主と後のことを頼みましたとばかりに目配せをした。
斎藤は気持ちを汲んで黙って頷き返す。思うままに動けばよい、ここは任せろと。

沖田が出て行った部屋では、残った者達が様々な思いを巡らせていた。
この年が明けて以来、血生臭い捕縛が幾度も行われていた。
山南は剣を握って表に立てない自分を責めたのか。江戸に戻って成すべきことが見つかったのか。
男達の考えは一つだった。

「山南さん、なんで何も言ってくれなかったんだ!!」

原田が声を荒げると暫く沈黙が続いた。
これからどうなるのか、試衛館以来の仲間を思わずにいられない。

「・・・もし、総司が追いつかなかったらどうするんでぃ・・・」

「もし行っちまったなら・・・仕方があるまい。江戸に出向く時にでも会いに行くさ」

無理には追わない・・・
土方の本音が薄っすらと滲み出ていた。

「もし追いついちまったら・・・逃げ出したら」

「あいつは逃げないさ。意地でも戻ってくるだろう」

「山南さん・・・変に真っ直ぐだからな・・・」

永倉も原田も揃ってしんみりと頷いた。

「総司は分かってるのか・・・きっと本気で追いかけちまうぞ」

「そうなった時は山南さんの運の尽き・・・脱走者に俺達は本気になるってことを・・・隊士に示さなきゃならねぇだろう。それが出来るのは・・・総司だけだ」

他の誰が追いかけても情けをかけて見逃してしまう。
山南に負けず劣らず愚直な沖田ならば、懸命に追いかけて、そして必死に話をするだろう。

・・・しなければ、よいものを・・・

誰もが心の中で呟いた。
それでも幹部の脱走を大手を振って認める訳にはいかないのだから、誰かがこの辛い役目を負わなければならなかった。

只ならぬ雰囲気の召集の後、沖田が異様な空気を纏って出て行く気配を感じる。

「馬を使って出て行くなんて・・・」

嫌な予感がする。
予感ではない、避けられない時が来てしまったのだ。
 
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