斎藤一京都夢物語 妾奉公

□77.俺の初めてをくれてやる
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夢主はこの日、八木家の人達と世話になった前川家の女将や使用人の皆に挨拶を済ませた。
粗野な男達の中、女一人で苦労も多いだろうと夢主に対し様々気を使ってくれた女将は、一人娘の旅立ちのように感慨深く涙を堪えていた。

「ほんにいつ帰ってきてえぇんよ、夢主はんやったら嫁ぎ先かてなんぼでも見つかるさかい、いっそ残ったらえぇんよ」

「ありがとうございます、でもやっぱり・・・みんなについて行きたいんです」

「そぅかぁ、せやろなぁ・・・あんさんはほんに・・・幸せになりぃ。あの鏡はうちからの気持ちや、鏡に映る顔が笑ぅてへんかったらすぐに戻っておいで」

「はぃ・・・ありがとうございます・・・大事に、しますからっ」

女将は言葉に詰まりながら話し、鼻をすすって夢主の手を取った。
愛おしそうに手を握る女将の優しい微笑みに、夢主の目からも涙が溢れそうだ。

「本当に・・・お世話になりましたっ・・・また、遊びに来てもいいですか」

「もちろんや、いつでもおいない!いつでも戻ってきたらえぇ、うちにはお見通しや、好ぃとぅお人のことも・・・夢主はんはほんにえぇ娘や・・・えぇ娘やっ、幸せになりなはれっ」

夢主の存在を確かめるように、女将はしっかりとその体を抱きしめた。抱きしめられると、堪えきれず夢主の目から涙が零れる。
二人静かに涙を流す姿を遠巻きに、斎藤も沖田もそして土方も、それぞれの場所で静かに見守っていた。

そんな慎ましい別れの挨拶をよそに、屯所内は荷物の片付けに慌ただしい隊士達が、あちらこちらを行き来している。
寝具、武具、稽古道具、新選組の荷物は一気に纏められていった。

引越しの当日、大きな荷車をいくつも押しての大移動が始まった。
斎藤は自らの荷を乗せた車のそばにつく為、荷車のそばに控えている。
自分の荷物を平隊士に任せてしまった沖田が不思議そうに寄ってきた。

「斎藤さんはこのまま西本願寺に入るんですか」

「あぁ、俺の荷物は触らせん。このままついて行き自分で片付けるさ」

「そうですか。夢主ちゃんは」

斎藤の横に立つ夢主。荷物が少ないことは百も承知だ。

「えぇと・・・私の荷物は斎藤さんの物と一緒に纏めて頂いたので・・・」

「そうですか。ねぇ、斎藤さん、夢主ちゃんと甘味処に行ってきてもいいですか」

「えぇっ、沖田さんそれはっ」

「いいだろう」

「えっ、斎藤さんっ」

自分達だけ抜け出して引越しをさぼるなんて。
沖田をたしなめようとするが、斎藤は迷いも無く行って来いと返した。

「でもみなさんがお忙しいのに・・・」

「構わんさ。そもそも今日は坊さん達もこぞって覗きに来るだろう。気に食わんというのが本音だろうからな、あれこれ詮索して文句がつけられるものならばと見張るだろう」

「そうなのでしょうか・・・」

「あぁ。お前は落ち着いた頃に来ればいい。沖田君と一緒なら大丈夫だろう」

「やったぁさすが斎藤さん!夢主ちゃんのことは、ばっちり任せてください!」

夢主は斎藤に自分の荷を任せてしまうなんてと申し訳なさを感じ、場を離れることを躊躇した。
斎藤は自らの荷物に触れられるのを警戒している。引越しの行列からは離れない。
新しい屯所はすぐには落ち着かないが、日が傾き僧侶達が場を離れる頃に向かうのが、得策だと思われた。

「本当に構わないのですか・・・」

満面の笑みで大きく頷く沖田を横目に、夢主は斎藤の顔色を気にしている。

「あぁ、むしろその方が良い。行って来い、土方さんも同意するさ」

「ありがとうございます、斎藤さん。お言葉に甘えさせていただきます・・・」

斎藤も大きく頷き、夢主と沖田の寄り道を了承した。
 
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