斎藤一京都夢物語 妾奉公

□78.貴方様
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新しい屯所への移転作業は落ち着き、土方が考えていた寺部分と屯所区域の区切りもしっかりと作られた。
新選組の隊士達は既に壬生にいた頃と同じ調練に励み、巡察を行っている。

夜の巡察を終えて少しだけ狭くなった部屋に戻った斎藤は、襖の閉じた夢主の部屋に目を向けて目尻を俄かに細めた。
そのまま寝る支度を済ませて自らの布団に潜り込む。

まだ衝立が届かず、とりあえず寝る時は襖を閉めることで話が収まった。
襖一枚隔てた向こうからでも、確かに夢主の安らかな気配を感じる。
穏やかな寝顔を思い浮かべ、ここまで心地良さを与えられるとは我ながら可笑しなものだと自らを笑い、斎藤は眠りに落ちていった。


静かな眠りが妨げられることなく迎えた朝。
斎藤は起き上がるとおもむろに夢主の部屋との境に立ち、襖に手を掛けた。

すっと開いた襖の向こうには同じ部屋で過ごした時と変わらぬ、いつも目にしていた心和ませる優しい寝顔が見える。
思わずフッと笑んでしまう斎藤だが、目の前のもうひとつの襖が同じように開き、眉をひそめた。

「あっ!!やっぱり!斎藤さん、厭らしい!!」

開いた隙間から沖田が顔を覗かせた。
声を潜めているが、斎藤に声を届けようと口調は強い。

「厭らしいとは何だ、君こそ何をしている」

「僕は斎藤さんの気配を感じたから覗いただけです!」

「ほぉ、俺はいつも通り夢主に変わりは無いか確認しただけだが」

「いつも通りっ」

「あぁ、いつも通りだ。毎朝変わりないか顔色を確認している」

沖田に好色漢のように言われ苛ついた斎藤は、わざと日常の出来事だと告げた。
眠る夢主の布団の上をまたいで小さな声でいがみ合う二人、罵り合いが加熱すると徐々に声が大きくなっていった。

「寝顔を見るなんて男のすることじゃないとか言っていませんでしたかっ」

「君が夜の巡察帰りにじろじろと近寄って眺めていたからだろう、朝は君も部屋を出る前によく覗いていたよな」

「じろじろだなんて、愛くるしい寝顔に心を休めていただけですっ!」

「フッ、それこそ覗きだろう、俺のは夢主を案じてのことだ」

「くうぅっ僕だって・・・」

「んっ・・・」

騒がしくなった部屋の空気にくすぐられ夢主が漏らした声。
男二人は我に返り、瞬間的に布団にある顏を確認し、揃って素早く襖を閉めた。
目を覚ました夢主はゆっくりと体を起こし、小さな部屋の左右を眺めた。

「・・・気のせい、斎藤さんと沖田さんの声がしたような・・・」

聞こえた呟きに、自室の襖の前で立ちすくむ二人はぎくりと肩を弾ませた。

「んんっ、起きたか夢主」

咳払いをしながら、斎藤はさも今気が付いたとばかりに襖を開けた。

「あ、おはようございます斎藤さん・・・と、沖田さん、ふふっ」

斎藤の声を聞いて沖田も慌てて襖を開いていた。

「なんだか変な感じです・・・右と左・・・両方からお顔が・・・」

布団に座ったまま交互に二人の顔を見ながら夢主は笑った。
 
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