斎藤一京都夢物語 妾奉公

□80.静かな部屋
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斎藤は江戸の町を一人歩いていた。

「やれやれ、江戸土産などと軽々しく言うものでは無かったな」

夢主との約束を果たす為に土産を探し、様々な店が並ぶ通りにいた。
勝手知ったる通り、だが土産探しとなれば話は変わる。

「簪か。簪は美しいが・・・あいつは髪を結い上げはしないか」

華奢な細工の一本簪を手に取り夢主を思い浮かべるが、細工具合を確認するだけですぐに元の場所に返した。
再び他の簪と並んだその一本を眺めて斎藤はフッと笑い、次の店へ移った。

「桜の花の細工か、好きそうな簪だったな」

夢主が他の女のように髪を結い上げ日本髪に簪を差していたら、斎藤は迷わず先程の桜の簪を選んでいた。
付けるあてもない簪を贈るのは髪形の変化を催促するようで気が引けるうえ、夢主の下ろし髪を肩口でひとつに結ぶ姿を気に入っていた。

「無用な品は贈らなくて良いさ」

夢主好みの細工に心惹かれる自分を振り切るように呟いて、次に綺麗な品々を目にしたのは、ほんのり優しい香りが漂う店だった。

「匂い袋か。だが、あいつに香りを添えて何になる」

夢主に良く馴染みそうな優しく甘い香り。
だが香りを添えても色香が増すだけでいいことは起きまいと、この店でも何も買わず後にした。

「せっかく時間を作って外に出たというのに、これでは切りが無いな」

歩みを止めると腕を組み、立ち並ぶ店を眺めて考えた。

「江戸の名物である必要はない。夢主に必要な物、か」

ふむ・・・と左右に並ぶ様々な店の看板や品々を眺め、夢主がこの先必要になりそうな物を考えた。
斎藤の視線を横切って賑やかに人々が往来している。
店から行き交う人々に目を移すと、何か思いついたように組んでいた腕を解いた。

「成る程、あれにするか」

ひとり納得して呟き、ある店に向かうと、色とりどりに並ぶ品の中から迷いなく一つの商品を手に取った。

「いい色だ、紅桔梗」

微かに紅がかった美しい紅桔梗の紫色から、月明かりのような青さを感じる白へ、色を変えて染まっている。
美しいその品を夢主の為に買い入れた。

「いい色でしょう、お侍さん」

「ん、あぁ落ち着いた美しい色だな」

腰に刀を帯びた斎藤は店の主人に侍と声を掛けられた。
お代を払い終えた土産を懐にしまおうとした手を止め、再び品を目にする。

「紅桔梗か」

「よぅご存知ですな、品があり長く使える色ですよ」

「そうだな」

応じてから改めて懐に品を入れた斎藤に主人は言葉を続けた。

「月白・・・と言うのですよ、その白は。月に白と書いて月白。風流な色です」

「それは初めて聞いたな、月白か。面白い。いい話を聞かせてもらった」

ニッと口元を上げて礼を告げ、斎藤は店を後にした。

「月白・・・か。フッ、月が好きな夢主に教えてやるか」

斎藤は得意げに笑むと江戸で拠点にしている地へ戻って行った。
 
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