斎藤一京都夢物語 妾奉公

□82.左の男
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その夜、夢主はいつも通り巡察に出かける斎藤と沖田を送り出し、眠りに就いた。
慌しい空気に呼び起こされたのは、まだ部屋に日の光が差し込む前だった。

両隣の部屋に人の気配は無く、斎藤の部屋へ続く襖を開くとやはり姿は無い。
主のいない部屋を通り抜けて廊下へ出ると空はまだ暗く、東の空も全く白んでいなかった。
廊下の先に明かりがついた部屋があり、中には人がいるらしく、幾つかの人影が動いていた。

誰の部屋で何が行われているのか、様子を窺っていると、離れた廊下から駆けて来る鉄之助と山崎の姿が目に入った。
自分に気付いてくれないか、夢主が身を乗り出すと、山崎が気付いて会釈をくれた。
山崎はそのまま部屋に入り、鉄之助は部屋の中の人物になにやら声を掛けてから、夢主のもとへ駆けて来た。

「鉄之助君、何かあったんでしょうか」

鉄之助の顔には動揺の色が見える。

「実は、斎藤先生がお怪我を・・・」

「えっ」

「斎藤先生は大丈夫だと仰っているのですが、私も傷のことは良く分からないもので・・・今、山崎さんが手当てに来てくださいました」

斎藤の怪我と聞き青ざめる夢主に、同じく顔色の悪い鉄之助は夢主と自分を慰めるように続けた。

「土方先生も大事無いと仰っていたのできっと、大丈夫なんです。手当てが済んだら部屋に戻られると思いますので・・・まだ夜も明けていませんし、夢主さんはどうかお休みください。朝になればきっと先生からお話が・・・」

斎藤が夢主を充分気に掛けていると知る鉄之助は、朝には自分から事情を伝えるはずだと考え、夢主を部屋に戻そうと試みた。

傷の手当は慣れない者には見るのも辛い。
土方に仕え、幾度も傷の手当に立ち会った鉄之助ですら未だ慣れずにいる。
夢主に斎藤の流れる血を見せるのは抵抗があった。

「今はどうかお部屋にお戻り下さい、夢主さん」

「鉄之助君・・・わかりました」

幼さの残る鉄之助が必死に説得し訴える姿に胸を打たれ、大人しくその気持ちを受け入れた。

「鉄之助君、斎藤さんに・・・」

何と伝えてもらえれば良いのか、夢主は託す言葉が浮かばなかった。
大丈夫ですか・・・、ご自愛を・・・、何してるんですか!心で語りかけるが、心の中の斎藤は無反応だ。

「いぇ、なんでもありません・・・おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」

明るい部屋に入っていく鉄之助を見送り、夢主は暗い寝床へと戻った。
沖田も同席しているのか、部屋には戻っていない。

「斎藤さんが大人しく手当てを受けるなんて・・・」

簡単な傷なら自分で出来ると処置を拒む姿が目に浮かぶ。
大人しく手当てされるなんて、どれ程の深手なのか、気が気ではなかった。
 
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