斎藤一京都夢物語 妾奉公

□82.左の男
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翌朝、夢主は斎藤の部屋からの声で目が覚めた。

「やれやれ、もういらんと言うのに」

「駄目ですよ先生!はい、出来ました。また何かあればいつでも呼んで下さい」

「もう構うな、大丈夫だ。ほら行けっ」

どうやら斎藤の着替えを手伝った鉄之助が、包帯を外そうとするのを必死に止め、そのまま部屋から追い出されたようだ。
怪我は一体どんな状態なのだろうと恐る恐る襖を開く。

「おはようございます・・・斎藤さん、大丈夫ですか・・・」

半分襖が開いたところで目に飛び込んできた姿に思わず息を呑んだ。

「だ、大丈夫ですかっ」

ぐるぐると包帯を巻かれた左手、緩んだ着物の胸元からも白い包帯が見える。
左肩から腹部にかけて巻かれ、腰回りも包帯に覆われている。

「あぁ、大丈夫さ、ほとんどかすり傷だ。大げさに巻きやがって山崎の奴」

斎藤は不機嫌に顔を歪めると夢主を置いて部屋を出ようとした。

「どちらへ」

「飯だろう」

「あの・・・大丈夫ですか」

包帯に目をやり不安げに訊ねる夢主を見ているうち、斎藤の中でふつふつと悪い癖が疼きだした。

「まぁ飯を食うのも辛いだろうがな」

斎藤はわざと左の利き手を開いて閉じて動かそうと試み、上手くできないと見せつけた。

「ご飯・・・お部屋で頂きますか、私がお持ちします」

フフン・・・
思った通りだとばかりに斎藤は口角を上げた。

「頼む」

「では・・・着替えたら行きますから、このまま待っていてくださいね!」

夢主が急いで自分の部屋に戻り襖を閉めると、斎藤はフッと声を出して笑った。

ほどなく着替えを終え膳を運んできた夢主に、斎藤が口を開いた。

「傷のことを聞かんのか」

「聞いてもいいんですか・・・」

「知りたいならば」

そばに腰を下ろし、ちらちらと包帯を見るばかりで何も訊かない夢主に斎藤から話を切り出した。

「夜、抜刀斎と殺りあった」

「やっぱり・・・そうですよね」

斎藤にこれほどの傷を負わすことが出来るのは、緋村以外に思い浮かばなかった。
夢主は冷静を装うが、目は落ち着き無く動き、動揺がはっきりと伝わる。

「あいつの刀を封じれば勝機があると思ったんでな、より力の入る左手で受け止めたのさ」

「怖いです・・・下手したら手が無くなっちゃいますよ・・・」

思い返せば確かに斎藤はよく敵の刀を片手で受け、動きを封じていた気がする。
指先で上手く止まれば良いが、少しでもずれれば手の平に傷が、もう少し遅れたら指が失われてしまう。

「大丈夫だ、向かってくる刃を掴んで止めるのは得意なんでな」

「得意とかそういう問題じゃ・・・」

自分がたしなめても仕方がないと分かっていても、止めずにいられなかった。
闘いを楽しむうち、どんどん過激な戦法を取ってしまうのではないかと、恐れていた。

「体にも傷を負ったんですか」

衿に沿うように肩から胸の前を斜めに横切って巻かれた白い包帯が見えている。

「あぁ、左の胸と肩にも少しな。それから脇腹に、どれもほんのかすり傷だ、心配ない」

「かすり傷でそんな包帯は巻きませんよ!」

心配からきつく言葉を返す夢主を面白げに眺めて斎藤は話を続けた。

「山崎が皆に包帯の巻き方を指南しながら余計な箇所まで処置したんだよ。俺はただの練習台さ。まぁ、傷むのは確かだがな」

心配するなと言いながら、斎藤は不自由さを見せ付けるようにぎこちなく体を動かし、顔を歪めて見せた。
不安そうに眉尻を下げる夢主を確認すると、斎藤はまたフッと小さく笑った。
 
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