斎藤一京都夢物語 妾奉公

□83.背中越し
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斎藤が傷を負って迎えた朝。
半ば騙される形で斎藤の朝餉を全てを手伝った夢主。
右手で食事出来ると知り、昼と夜は傷を負った左手で椀を持たなくても良いよう、握り飯を作って部屋に運んだ。
斎藤は部屋で大人しく過ごしていた為、食事以外とりわけて何かを手伝うことは無かった。

そして寝支度の時、約束通り帯だけ手助けをと告げられた言葉に従い、夢主は一旦襖を閉めて声が掛かるのを待っていた。

斎藤は一人になった部屋で着替えをこなそうと寝巻を用意した。
着ている物を脱ごうと、帯を回して結び目を体の前に持ってくる。
これなら後ろに手を回さなくても済むので、肩が動かせずとも簡単に解ける。

外すのは簡単だが、帯を回して着けるのはやはり無理だな・・・
腕を後ろに向けるのは傷に良くない。夢主に頼んだ自分は正解だったなと、帯を外しながら下した判断の正当性を確認した。

「っち・・・」

一日たいして痛みを感じなかったが、袖を外そうと肩を動かした瞬間、ズキリと鈍い痛みが走った。
さほど大きく動かしたわけでもないが、傷に響く肩の動きを認識させられた。
斎藤は予想外の痛みを堪えて着ていた物を脱ぎ、その場に落とした。

「やれやれ・・・これは夢主にさせるわけにもいかん・・・」

綺麗好きの斎藤は下帯も外し、何とか新たに巻き始めた。
早く隊務に復帰したい斎藤は傷が開くことを嫌がり、左肩は固定して動かさないよう心がけた。
ぎこちなく左手で布を抑え、右手だけで巻きつけていく。

・・・何と不自由な・・・

斎藤は自らの体に苛立ちながら、時間を掛けて下帯を巻き終えた。
ようやく寝巻を手にしたが、下帯の為に無理をして動かした肩の傷がジリジリと唸っていた。

「ちっ、しまったな、この傷はまだ痛むのか」

血が滲み出すのではと感じるほど疼く傷に、斎藤は舌打ちをした。

・・・今更小姓を呼んでは夢主が落ち込むだけだが、呼ぶべきだったな。夢主に帯だけと言わず素直に頼むべきだったか・・・

褌っ!と以前、洗濯物を預かり顔を赤らめた夢主を思い出し、さすがに無理かと笑いを噛み殺して頭を振った。

寝巻を羽織ると左肩が動き、再び痛む。痛みを堪えて、珍しく溜息のように大きな息を吐いた。
その大きく沈むような息が聞こえた夢主は、襖の向こうから声を掛けた。

「・・・斎藤さん、大丈夫ですか・・・」

「あぁ、大丈夫だ。待たせたな、あと帯だけだ。来い」

斎藤は夢主が入ってくると背を向けて、拾い上げた帯を差し出した。

「わかりました・・・」

夢主が見上げると、斎藤の首筋に冷や汗か脂汗のようなものが滲んでいた。
無意識に体の反応で出てしまう汗だ。痛みを堪えた為、勝手に出てきてしまったのだろう。

本当の状態を察した夢主は、視線を戻すと受け取った帯を両手でゆっくり広げた。

「斎藤さんの溜息なんて珍しいです・・・本当は物凄く痛むんじゃありませんか」

「フン、痛みなどとっくに引いている」

聞かれてしまった溜息に、溜息を吐くんじゃなかったと心の中で再び舌打ちをして、弱みを見せまいと強がった。

「そうですか・・・失礼します」

夢主はやはり無理をしていると感じたが何も言わず、強がる斎藤の背後に更に近付いて、そっと手を伸ばした。
広い背中からはいつもと変わらない温かい熱を感じる。
 
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