斎藤一京都夢物語 妾奉公
□85.赤い着物 ※微裏含
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京の夏は湿度が高く、じっとり暑い。
木陰に守られた爽やかな山の夏、涼しい川からの風に吹かれて育った者達にはなんとも辛い季節だ。
京生まれ京育ちの男ならば、少しはこの絡みつく暑さにも強いだろうか。
京の片隅で生まれたある剣客は、涼しげな顔で微睡んでいた。
枝振りの良い大きな木に登り、辺りを見下ろす男は、地面からの熱気も少しは避けられているのか。
「全く退屈だぜ・・・欠伸が止まらねぇ・・・」
男が顔を動かすと島原の町が目に入る。
昼から遊ぶ人間も多いが、男は明るい光の中を遊びまわる気分ではなかった。
「ちっ、仕事もしょぼい殺しばかりでうんざりだぜ。もっと面白い奴はいねぇのか」
この日、役目を言い渡されていないこの男は、暗くなれば島原に繰り出そうと考えていた。
それまでの時間、退屈凌ぎにただ近くの木で昼寝をして過ごそうというのだ。
「ふぁ・・・全くセンパイはずるいよな」
男は目を島原と反対の壬生に目を向け、幹にもたれるよう手枕をして目を閉じた。
西本願寺の新選組屯所、門番を務める隊士が夢主に使いを寄こした。
初めての事態である。
「壬生からの使いで、夢主さんの忘れ物が見付かったそうです。確認してほしいから門まで来てくれとの事なんですが・・・」
やって来たのはよく知る鉄之助と違い、初めて話す小姓だった。
「壬生の・・・何か忘れてきたかな・・・前川さんのお使いの方ですか、お名前は・・・」
「さぁそこまでは・・・女の方でした」
「そうですか・・・わかりました」
隊士に伝言を受けてやって来た小姓。夢主が行かなければ小姓が困ってしまう。
初めての訪問者に疑問を持つが、ひとまず門まで出向くことにした。
「よりによって斎藤さん達のいない時に・・・」
普段は用意された落ち着いた色合いの小袖姿が多い夢主、今日に限って赤い小袖を着ていた。
慣れない色合いで出歩くことにも夢主は抵抗を感じていた。
門に着くと、門番を務める隊士が一礼して夢主を客人に引き合わせた。
頭巾で頭を覆い顔を隠しているが確かに女だった。
「あの・・・どうかしましたか・・・」
見るからに若い娘である。
夢主は使いに来てくれたのならば前川家の者だろうと、顔を確認しようと覗き込んだ。
随分と世話になった人達だ、申し訳なさそうに伏せているが顔を見ればすぐに分かるはず。
だがそこで確認出来たのは、侍女を従えたいつかの娘であった。
「もしかして沖田さんの・・・」
夢主が沖田の名を口にすると目の前の娘は途端に顔色を変え、キッときつい目で睨んだ。
次に傍に控える隊士を一瞥し、口を開いた。
「悪いけど、このお嬢さんお借りしますわ」
「えっ、いやそれはいけません」
「すぐそこで、すぐに済みますから。女同士の話ですの」
「はぁっ・・・しかし」
呆気にとられる隊士の前で、同じく呆然とする夢主の手を取り娘は歩き出した。
「えっ、ちょ・・・あの、斎藤さん達に伝えておいてください!」
もじもじと俯き、気が弱い娘と思い込んでいた夢主は強引な行動に驚いた。隊士に伝言を頼み、手を引かれるまま連れて行かれた。
西本願寺の門を出て歩き、角を曲がる辺りで夢主はようやく手を振り解いた。
「あの、どちらへ・・・勝手に出かけたら私怒られるんです」
娘は夢主の言葉に反応して、ぴたりと止まった。
これは何か怒鳴られる・・・そう覚悟した夢主だが、娘は再びしおらしい態度に戻った。
「私・・・相談に乗って欲しいんです。それに・・・あなたにお聞きしたいことが・・・」
「私に・・・」
娘は黙って頷くと再び歩き出した。
「あの、待ってください、どちらへ行くのですか、戻らないと心配をかけてしまうので・・・」
「女同士の話です、人のいない場所でなくてはなりません」
「でも・・・」
娘はついて来いとばかりに夢主を睨み、そのまま角を曲がり歩き出した。
さすがに怖くなった夢主は娘に気付かれないよう、そっと逃げ帰ろうと後退った。
「お嬢さん、止まらずにお歩きなさい」
「わっ・・・」
娘に目を向けていた夢主は、知らぬ間に後ろにピタリと張り付いていた男にぶつかった。