斎藤一京都夢物語 妾奉公

□87.向き合う恐怖
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「・・・これは・・・」

外に出た斎藤が上から降ってくる物に気付き、手を広げた。大きな手の平に小さな藤色の花が舞い降りてくる。
花に触れると同時に、辺りを確認していた隊士が声を上げた。

「苦無が一本落ちています!それに、足跡が・・・恐らく一人、突然現れて多分塀に・・・塀に飛び移って逃げたんでしょう」

隊士の検分に頷いて斎藤も土の様子を確かめ、苦無を受け取った。

「預かっておこう。土方さんには俺から」

「分かりました」

侵入者がいたがすぐに退去、理由は分からないが逃走した。
既に辺りには自分達の気配しか無い。
斎藤はまず眠る夢主のそばで待機する沖田に状況を報告した。

「それじゃあ、例の幕府側の忍が」

「あぁ間違い無い。蒼紫といったな、誰かを追い払ったんだろう」

「その忍が誰か、侵入者を・・・侵入を許したってことですね。寝ていたとは言え、気配は全く感じなかった・・・」

先日の一件で二人はピリピリとしている。
部外者の侵入、それも夜更けに。不測の事態に陥らなかったのは運が良かっただけかもしれない。
二人は顔を見合わせた。

「侵入者が二人だな、蒼紫と他の誰かだ。相当な手練れか、もしくは闇に乗じて動くのが得意な者の仕業だ」

「蒼紫さんに助けられるとは不甲斐ない」

「わざわざ他にも侵入者がいた証拠と、自身がいた証を残していったんだ、警備が手薄だと言いたかったんだろう、あの野郎」

斎藤は会ったこともない蒼紫に悪態をつき、手にした苦無を握り締めた。

「俺は土方さんに報告してくる」

「分かりました」

斎藤は眠りから起こされ不機嫌な土方に事の次第を話し、ますます機嫌を損ねて部屋に戻った。
八つ当たりじみた対応を受けたが、昼間の外出を止められなかっただけありがたいと割り切っていた。

日が昇り、一通りの稽古と隊務を終えた斎藤と沖田は、約束通り夢主と連れ立って例の酒屋へ向かった。

この時代の人々に細かな時間を決めて動く習性はない。
自分のいた世界との感覚の違いを知る夢主は、本当に比古に会えるのか不安を感じていた。
既に来て帰ってしまったかもしれないし、そもそも比古が人を待ったりするのだろうかと。

だが心配は杞憂に過ぎなかった。
夢主も覚えた酒屋の暖簾をくぐると、目にするのは何度目か、大きな白い背中が見えた。
人嫌いの比古が珍しく楽しげに酒屋の主人と談笑していた。

「おぉ来たか、待っていたぞ」

「新津さん!」

夢主は思わず声を弾ませた。
斎藤と沖田はひとまず良かったと顔を見合わせ、沖田は夢主を追い越して比古の前に進み出た。

「新津さん、こちらはお返しします」

「何だ、割れたって言う湯呑みか。無事な二つだけでも置いておけばいいじゃねぇか」

「いりませんよ、また割れちゃうかもしれないじゃないですか!」

沖田は手にした木箱を比古に突き出した。

「貴方がお使いになればいいんです、新津さん」

「いらないと言うのなら仕方が無い。ならば変わりのこれを早速渡すか」

沖田から受け取った箱をその辺りに置くと、比古は自分が持ってきた木箱を見せた。
もう一つと同じく紐で縛られた小さな木箱だ。ただ、更に小さな箱になっている。
 
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