斎藤一京都夢物語 妾奉公

□89.熱燗の熱
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湯屋への道、風は無いが冷たい空気の中、斎藤と沖田は普段と変わらぬ羽織と袴の出で立ちで、夢主の暖かそうな半纏姿を際立たせている。

「冬の空気ってシンとしまってて心地がいいですね・・・」

「確かに夏のあの嫌な空気とは全然違いますね〜、息が白くなるのも面白いし、夢主ちゃんの鼻が赤くなるのも・・・可愛いです」

沖田に指差され鼻の頭に触ると、ひんと冷たくなっている。
夢主は温めようと半纏の袖で鼻を挟んだ。

「フン、湯に浸かれば少しは治まるだろう、鼻が赤いのは君も同じだ」

「えぇっ、僕もですか」

顔を上げれば確かに沖田の鼻も赤く染まっている。
夢主は斎藤はどうなのかと顔を向けるが、先に気付いた斎藤は顔を逸らした。

「行くぞ」

「はぃ・・・っふっ」

きっと斎藤の鼻も赤いのだと、夢主は笑いを堪えた。
横を見れば楽しそうに話を続ける沖田の息が、綺麗に白く繰り返されている。

「ほら、湯銭だ」

「いつもありがとうございます・・・斎藤さん?」

夢主の手に湯銭を置いた斎藤は、触れた指をぴくりと止めた。

「いや、何でもない。・・・随分と冷えているな、しっかり温まって来いよ」

「はい、お二人も」

斎藤の気遣いに笑顔を返して夢主は湯屋の中に姿を消した。

「ふふん、斎藤さんも鼻が赤いじゃありませんか」

「うるさい、冬なんだ仕方あるまい。君よりはましだ」

斎藤は沖田を一睨みして湯屋の暖簾をくぐった。

三人が外に出る頃には風が吹き始めていた。
せっかく温まった体が一気に冷えていく。
帰り道は言葉少なに急ぎ足で屯所に戻り、部屋に入って障子を閉め切った。

「温まりに行ったんだか、体を冷やしに行ったんだか分からないですね〜」

「本当、行かない方が良かったのかな・・・すみません、こんな寒い日に湯屋なんかお誘いして・・・」

「構わんさ。冬の空気が心地良かったんだろう、気晴らしにもなる」

ふぅっと息を吐きながら座る斎藤の言葉に、沖田は「そうそう」と頷いた。

「体を温めるお茶でもお持ちしましょうか」

「ではたまには僕が!夢主ちゃんの体とっても冷えちゃったでしょう、部屋から出すのが忍びないですよ」

「沖田さん・・・ありがとうございます」

腰を浮かせた夢主は静かに座り直して沖田を見送った。

「お散歩・・・と言えるか分かりませんが、外を歩くのって楽しいです」

「そうか」

「あんなことがあってから・・・めっきり外に出ることが減っちゃいましたね・・・」

「夢主・・・」

夏に起きた辛い事件以降、自然と外に出る回数は減っていた。
斎藤達の隊務は以前に比べ落ち着きを取り戻していた。時間は取れる。

「そうだな、確かにすまなかった。あまり連れ出してやってなかったな」

「また連れて行ってくれますか」

「あぁ、もちろんだ」

「良かった・・・ありがとうございます」

微笑むと同時に体を縮めて震えた夢主を見逃さなかった斎藤は、藍色の半纏の上に部屋にあった自分の半纏を重ねた。

「斎藤さん・・・」

「着ていろ」

「ありがとうございます・・・でも・・・もこもこっ」

ダルマの様に着膨れた自分を笑う夢主を斎藤も小さく笑った。
 
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